■あらすじ
春先まで融けなかった雪のように、それは奇しくも儚く消えゆく物語。けれども何も無くなったその後に、気高き可憐な花が咲き誇る―――
※注意※2008/11/20に掲載された文章の再掲です。タイトルと本文は修正して、新規で後書を追加しております。
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■キーワード
青春 恋愛 ファンタジー ライトノベル
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■第5話
第5話 最後の初恋
■咲結■
……胸が苦しくなる程ドキドキするのは、前の時も同じだった。
でも、今のドキドキは、何だか前の時とは違うような気がしていた。別の何かを心配しているような……そんな胸の高鳴り。
わたしは星織君が好き。それは今も変わらない気持ち。三年に進級して同じクラスになれて、とても嬉しかった。もっと近づきたくて、もっと好きになって……でも、その気持ちをあの人達に知られて苛められて……本当に、死にたくなった。
そんな時に、二位君に逢った。一言で言える、良い人だって。わたしなんかのためにとても良くしてくれた。何の関係も無かったのに、何の恩返しも出来ないのに、二位君はわたしの事を気遣って、何も出来ないわたしに色んな手助けを施してくれた。
純粋に嬉しかった。何で助けてくれるんだろうとか、何でこんなに良くしてくれるんだろうとか、いつも疑問に思ってた。でも徐々にこう考えるようになっていった。
――ああ、こういう人も、世の中にはいるんだ。……って。
そういう人に巡り合えた事は嬉しかったし、そういう人に良くして貰えたのも嬉しかった。
わたしは、いつの間にか惹かれていたんだと思う。いつの間にか、視界にいつも二位君がいて、いつも二位君の事を考えていて……気づいた時には、もう離れられなくなっていた。
……わたし、二位君が……
――重い鉄扉が軋む音。誰かが屋上に足を踏み入れた音。
振り返ると、そこにはいつかのアイドル、――星織君が立っていた。
星織君の、若干驚いたような表情を見て、わたしは少し嬉しくなった。……だけど、同時に何かが怖くなった。
ゆっくりとわたしに向かって来る星織君を見て、鼓動の高鳴りがどんどん強くなる。怖い……恐怖ではない怖さが、胸に緩やかに浸透していく。
「……話って、何かな?」
穏やかな口調。そして、何かを期待するような眼差し。わたしの呼吸の権利を剥奪するような、甘い微笑。
怖い。わたしは、ひりつく喉を押さえるように、言葉を紡いだ。
「……もう、昔のわたしじゃないんです。今のわたしと、――付き合って下さい」
瞳を見つめる。澄んだ眼差しには、一点の曇りも見えなかった。吸い込まれそうな瞳を見つめ続けていると、心臓が破れそうになる位、胸がドキドキした。
――俺を信じろ!
二位君の言葉が頭の中で木霊している。何度も何度も。胸の鼓動と共に。
何秒、何十秒、何分見つめ合ったのか、わたしには見当も付かない位、時間の流れの感覚が麻痺してしまっていた。もしかしたら何十分も見つめ合っていたかも知れない。
ただ頭が真っ白で、何も考えられなかった。星織君の次の一言で、わたしの命運が決まる。ここが、わたしのターニングポイント。何かが変わり、何かが終わる場所。
「……ごめん」
―――静寂が破られ、わたしの頭はようやく正常に回り出した。
暫らく双方無言の時間が流れ、わたしは徐々に言葉の意味を理解し始めて、……激しく安堵した。
「そう……ですか」
ホッと胸を撫で下ろす自分がいた。安堵の溜め息を零している自分がいた。心底現状に安心している自分がいた。
同時に――とても落胆している自分は確かにいたが、それ以上に――助かった、と言う気持ちが強かった。
「――――……良かった……」
「え?」
不意に零れた自分の言葉が一瞬理解できなくて、慌てて口を噤む。
不思議そうにわたしを見つめている星織君を見て、……ちょっぴり悔しそうにはにかむ。
「また、ダメでしたね」
「……ごめんね。僕は、君とは付き合えない。僕にはまだ、見守らないといけない奴がいるからさ」
どこか苦笑混じりの星織君を見て、もう少し話してみたいという気になった。
もう振られちゃったんだし、いいかな、と言う、幾分か軽くなった心を感じて、わたしは質問をぶつけてみた。
「好きな人がいるんですか?」
「好き……じゃないと言えば嘘になるかな。そいつ、ずっと付き添ってなくちゃいけない奴でさ。そいつに構ってないといけないから、他の奴とは付き合いたくても付き合えない、ってのが現状。……本当はさ、こんな可愛い娘を放っておくなんて、僕には出来ないんだけどね♪」
以前のわたしなら、きっと恥ずかしくて顔を背けていただろう。
でも何故だろう。今のわたしは、星織君にそんな事を言われても、恥ずかしいとは感じなかった。
今はもう、あの人の事しか見えてない――――
「……わたしも、踏ん切りが付きました」
頷いて、わたしは一つの恋を、初恋を終わらせようと顔を上げた。
「……未練がましいかも知れませんが、恋人じゃなくて、友達としてなら、付き合っても良いですか?」
わたしがそう言って微笑むと、星織君はちょっぴり驚いたような顔をした後、ゆったりと微笑み返してくれて、
「うん、喜んで♪」
――そうしてわたしの初恋は終わりを告げる。
そうして、わたしは新しい一歩を歩み始める―――
■一非■
……結局眠れなかった。
時間的に頃合いが良いだろうと見計らい、俺は念のため、屋上へと足を向けた。
……成功したかな。いや、成功したに違いない! 俺が弱気になってどうするんだ、恋純のためにも、応援してやらないと。
――浮かない顔してるわね。
……どうしても、あの一言が胸に引っ掛かってる。いつまでも心は晴れないままだった。
浮かない顔をしてる? ……俺は何で浮かない顔してるんだ? 何が不安なんだ? そりゃ確かに、告白が成功するかどうかは、心配だよ。恋純だって心配だ。失敗したら、あいつどんだけ凹むか……それを思うと、確かに俺は不安で一杯だ。
でも、それとは違う気がする。俺が気にしているのは……もっと別の事だ。
モヤモヤが晴れないまま、俺は屋上の鉄扉を押し開けた。重い扉が軋みながら開いていく。
――突き抜ける黄昏の空。今日も五月晴れの良い天気だった。遠くに沈みゆく太陽を眺めながら、屋上へと足を踏み入れる。澄んだ空気は、自身の心とは真逆を示していた。
――誰も、いなかった。
「……成功、したんだな」
そう、思った。
――同時に、何だか胸が苦しくなった。
どうしようもなく苦しくなって、息が出来なくなった。風邪とか、そういうのとは違う感覚。不安に体が乗っ取られたように、怖い想いに縛られて動けなかった。
切ない。寂しい。悲しい。
暗い群青色の感情が胸の内に犇めき合い、俺は暫らく何も出来ずに蹲ってしまった。
……もしかして俺は、恋純を――――
「……二位君?」
不意に、
待ち望んでいた声が、鼓膜に弾けた。
振り返りたいのに、首がゆっくりとしか回らない。今すぐ顔を見たいのに、眼球は限界を超えて回る事は出来ない。
時間をたっぷり掛けて振り返ると、――夕陽を浴びて佇む、華奢な少女が視界に飛び込んできた。
「恋純……お前、何してんだ」
掠れた声だった。自分でも、理由が分からない。何でこんなに怖がってるんだ? 何でこんなに怯えてるんだ? 俺は、――何を恐れてるんだ?
そんな俺の恐怖を拭い去るように、恋純は柔らかな微笑を浮かべて、訥々と言葉を紡いでいく。
「二位君を、……待ってました」
心臓が、早鐘を打つ。
鼓動の音が、鼓膜を侵食する。痛い位に鼓動が高鳴り、喉から呼気が出てきてくれない。
見慣れていた筈の恋純の顔が、どうしようもなく可愛く見えて、気持ちが納まってくれない。
俺はその時、確かに狂(おか)しくなっていた。
「……なん、で……」
疑問を口にするのも酷く億劫だった。自分が何をしているのか頭が理解してくれない。
何を聞くのも怖い。何をするのも怖い。何をしても怖くて仕方ない。
恋純はそんな俺を温かな眼差しで見つめて、ゆっくりと、端整な唇を滑らせた。
「――振られ、ちゃいました」
――ああ。
俺は、最低だ。
今、俺は、どうしようもなく安堵した。安心した。胸を撫で下ろした。
自己嫌悪を覚える。俺は今、恋純の不幸を、自分の幸せにした。男として、いや、人として最低だ。……でも、自分の気持ちを隠せなかった。俺は今、どうしようもなくホッとしていた。
「……そっか」
前と同じ。返す言葉は端的で、現状維持しか出来ない。
俺は、少しずつ我を取り戻していく。俺は、恋純に幸せになって欲しい。俺の最後の人助けは、成功で締め括りたいんだ。
ようやく落ち着きを取り戻して、俺はゆっくりと立ち上がる。
「待ってろ恋純、今あの野郎、ぶっ飛ばしてくるから。じゃなきゃ、俺の気が済まねえよ」
そう言って、ゆっくりと屋上の出口を探す。今すぐここから出たい。嫌悪する自分をここに置き去りにして、今はその憂さ晴らしに空冴をぶっ飛ばしたい。思いっきり。
なのに、
――俺の背中に、温かな人の体温を感じた。
「……恋純?」
「……良いんです。もう、良いんです……」
落ち着いた、とても親しみのこもった、恋純の声。俺はそれを聞いただけで意識が持って行かれそうになった。
胸に手を回されて抱き締められた形で、俺は動けずに立ち止まる。振り解くには華奢過ぎる腕なのに、俺はどうしてもその腕を解けなかった。
確かな温もりを感じて、俺はグッと意志を殺して、言葉を紡ぐ。
「良かねえだろ、お前は空冴の事が――」
「好き…………でした」
言葉の先を取られて、俺は黙り込む。恋純も暫らく言葉を継がずに、数秒の間を持たせてから、ゆっくりと、その先を継げた。
「……でも、わたしには今、別に好きな人が、いるんです」
鼓動が煩くて、声が上手く聞き取れない。意識が拡散して、何にも集中できない。
純粋に怖かった。その先を聞きたくなくて。その先が聞きたくて。気が狂いそうな程に、その一瞬を待ち望んで、でも一生来て欲しくなくて……。
もうきっと、この時点で俺は壊れていたんだと思う。正常な考えが一切合切吹き飛んで、マトモな思考なんて欠片も出来てなかった。
次に発せられる言葉を、俺は戦々恐々と、――聞いた。
「二位君、わたしと――付き合って下さい」
――それは、五月の晴れた或る日。
俺がした、最初で最後の、恋の始まりだった――――
【第一章】 初恋の終わり/本当の恋の始まり――――【了】
【後書】
もうね、このピュアッピュアと言いますか、ベッタベタな展開がね、最高に好きなんです…(恥ずかしくて画面見れない奴w)
も~~~青春の塊ですわ…当時のワシの語彙力には脱帽待ったなし! そうだよこれだよ青春って!! 最高に悶えました、有り難う…※自画自賛&自産自消
と言う訳でここで第一章が終わり、と言いますか、一つの区切りとなっております。次回から確か季節が変わるんじゃなかったかしら?? ともあれ次回も! おっ楽しみに~♪
更新お疲れ様ですvv
返信削除咲結ちゃんと二位君、ふたりの心のゆらぎがドッキドキです。
ヤバいぐらいベタなのに「これを待ってた!」やったぜ!
ほんと青春だなぁwわたしも脱帽させていただきますよぅv
季節が変わる次章も頼みますぞ!
今回も楽しませて頂きましたー
次回も楽しみにしてますよーvv
感想有り難う御座います~!
削除「ヤバいぐらいベタなのに「これを待ってた!」」これを待ってた!ww
ほんと青春過ぎてニヤニヤが止まらない奴ですww 脱帽して頂けてほんと嬉しいですよう!┗(^ω^)┛
季節が変わる次章も引き続く宜しくお願い致します!
今回もお楽しみ頂けたようでとっても嬉しいです~!
次回もぜひぜひお楽しみに~♪