■あらすじ
理想が、夢が、望みが、叶った世界。
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■キーワード
異世界 ファンタジー 冒険 ライトノベル 男主人公 コメディ 暴力描写有り
カクヨム■https://kakuyomu.jp/works/1177354054881809096
■第47話
第47話 第一の試練
《あなたは、欲を試される》
唐突に、聞き覚えの無い男声が弾けた瞬間、視界が明瞭に瞬いた。
場所はイトフユの村。ミコトが生まれ育った村……故郷だ。
周囲には年老いた村民が休憩の途中なのか、切り株に座り込んで畑を眺めていたり、のんびりと散歩したりしている姿が散見される。いつものイトフユの光景だ。
旅に出るまで毎日見てきたその日常の中に、ミコトは立っていた。己の体を見下ろすと、恰好は旅に出た時と同じ、冒険者として活動する時の衣服を纏っている。
「お帰り、ミコト」
不意に老成した女声が掛けられ、ミコトは振り返った。
声の主は、予想通り隣家の老婆だ。腰を撫でながら、ミコトを見つめて嬉しそうに頬を綻ばせている。
「……婆ちゃん……」
すぐには形容できない感情が湧き、ミコトは声を詰まらせた。
帰って来た。故郷に。でも、どうして――自分は確か、ドラゴンに逢いに――――
「……これが、試練……?」
混乱しそうになる頭を押さえて漏れた小声で、思考が理性を取り戻す。
自分が今見ている光景は幻の類いであるのだと確信を持ちたかったが、情景が己の裡に宿る記憶と完全に合致し、視覚情報だけでなく、匂いや味、全身に纏わりつく空気の感触まで再現されているため、幻ではなく、転移でもされたのかと疑ってしまう。
隣家の老婆はそんなミコトを見つめたまま、暫く口を開かなかったが、ミコトが混乱する意識の只中から再び老婆に視線を傾けた瞬間、彼女はいつもの静かな口調で、言葉を囀った。
「ミコト。“この世界では”の、“ミコトは死なない”んじゃ」
それは、確かに老婆の声だった。
普段の口調で、いつもの落ち着き払った態度の、静かで心を和ませる声。
けれど、それは別人の台詞だった。
あまりにも唐突に吐き出された他人の言葉に、ミコトは更に混乱しそうになるも、老婆がそれ以上言葉を重ねず、己に理解する時間を与えている事に気づき、大きく酸素を吸い上げて、――思いっきり吐き出す。
「……あんたは、誰なんだ?」
思考が晴れ渡り、混乱も落ち着いた。
ここは、幻の世界……或いは異世界、空想の世界。断定は出来ないが、現実とは異なる世界である事は、老婆の存在で明らかになった。
老婆は柔らかい微笑を浮かべて、ミコトの誰何には応じず、ゆっくりと歩き出した。腰が曲がっている事も、しっかりした足取りを観ても、故郷に住まう老婆と完全に瓜二つ。
ミコトは狐に抓まれた気分のまま、老婆を追って、ゆっくりと歩を進めた。
「ミコトの命は、あと十九日で失われる。そういう話じゃったのう」
己の背を追って来ているミコトには一瞥もくれず、老婆はそう囁いた。
ミコトはそれに対し、老婆が見てない事を理解した上で、小さく首肯を返す。
そんなミコトの無言の反応に対し、老婆は“やはり”見えているかのように、囁く声で話を続けた。
「この世界はの、ミコト。“お前さんが一番欲していたモノが手に入った世界”なんじゃ」
「俺の、一番欲していたモノが、手に入った世界」
「――ミコト!」
ミコトが老婆の言葉を反芻した時、横合いから突然ぶつかって来たマナカに、更に両眼を見開く。
「マナカ、お前は……本物、なのか?」
「あん? 本物だろ? 俺、偽物がいるのか?」不思議そうに瞬きするマナカ。「そんな事よりミコト! “お前、この世界でなら死なねえんだからよ、ずっとここにいようぜ!”」
満面の笑みで肩を叩いてくるマナカに、ミコトは暫く返答に窮し、やがて――何故か分からないが、胸のしこりが、スッと消えてしまう感覚に囚われた。
「ミコトっ! おはよう!」「ミコト? どうしたの? 変な顔して」
クルガとレンが、ミコトの顔を覗いて微笑んでいる。
場所はイトフユの村だ。二人を連れて、帰って来られたのだ。
もう、寿命の心配をする必要なんて無い。この四人で、のんびり暮らしていける。
そう、理解した所で、ミコトの目端から涙が零れた。
嬉しい涙。歓喜の涙。感謝と感激と感動の、涙。
「ミコトは、幸せになるべきじゃ」老婆が振り返る。いつもの優しくて穏和な老婆が、微笑んでいた。「今まで辛かったろう。これからは、ゆっくりするとええ。皆もおる。ミコトはもう、頑張らなくてええんじゃよ」
幻だと、分かっている。ここが現実ではない、虚構の世界だとしても、そう理解していても、ミコトにはこの理想郷から目を逸らす事が出来なかった。
頭では理解できているつもりなのだ。これは試練。欲を試す試練。己の欲の具現であるこの光景を見て、何を判断するつもりなのか分からないが、俺はここにいれば、それでいい。そう思い、そう考え、そう判じ、ミコトは涙を流しながら、三人を抱き締めた。
「これからは、皆、ずっと、一緒だね!」
クルガの嬉しそうな声に、ミコトは何度も頷いた。
「ミコトと一緒に暮らせるだけで、あたし幸せだからね?」
気恥ずかしげに微笑むレンの頭を、ミコトは愛おしげに撫でる。
「ミコト! 俺達四人いれば、それで充分だよな!」
肩を抱いて呵々大笑するマナカに、ミコトは嬉しさで胸を詰まらせながら、「あぁ、そうだな」と囁いた。
ミコトの幸せが詰まった世界。ミコトの幸せを求めた世界。
ミコトの、“欲が描いた”世界。
そう、ミコト自身、これが試練だと言う事を忘れた訳でも、この世界が現実ではないと言う事を無視している訳でも、無いのだ。
全て分かった上で、全て承知の上で、ミコトは、“目を瞑った”。
これ以上の幸福は無い。ここにいるだけでそれが満たされるのであれば。
ここで終わりでも、いいではないか。
もう頑張らなくても、いいではないか。
そう、ミコトは、目を瞑ろうとして、――――歯を、食い縛った。
「ミコト?」
不安そうに己を見つめる三人に、ミコトは即座に言葉を返せなかった。
分かっている。
分かっていた。
この場に居合わせる全てが虚像ではなく、本物だったとしても、ミコトは悔しそうな笑みを浮かべて、口にしてしまうのだ。
「……あぁ、ここは確かに、俺の欲が……理想が、夢が、望みが、叶った世界なんだろう」三人を抱き締めたまま、ミコトは涙を流しながら、歯を食い縛った。「ここにいれば、もう間も無く迎える寿命の事を考えなくてもいい。幸せな事だけを考えて、好きな奴と一緒に、好きなだけ生きればいい。……でも、俺は、……俺は、」
――きっとここは、己が目指している到達点。そこに向かって、今までずっと歩いてきた。もしかしたら叶うかも知れない。きっと叶わない。何度も自問しては、一縷の光に縋って、歩いてきた。
父親の借金を返すだけの人生であっても、不幸だとは感じなかった。母親が己を救うために死に別れた人生であっても、不幸だとは感じなかった。寿命が突然失われ、唐突に人生が終わってしまう事でさえ、ミコトは不幸とは感じなかった。
誰もが皆、幸福と不幸を同じ分だけ与えられて生まれてくる訳ではない。それは同時に、不幸しか与えられずに生まれてきた子であっても、その事自体が不幸であるとは限らない、と言う意味も持つ。
けれど、己の生きる指針、生きなければならない理由である父親の借金返済が消失し、且つ残りの寿命があと僅かと定められた事で、初めてミコトは欲に触れた。
やりたい事を、自分の意志でやると言う、欲望。
父親の借金返済がやりたくない事だった訳ではない。けれどそれは、必要だからやった事であって、自由から始まった事ではない。
だからミコトはまず、仲間であり、親友であり、家族であるマナカに相談した。
――なぁマナカ
――なんだ?
――これからどうしたい?
マナカならば、きっと答を知っていると言う確信が有った。
そのマナカが、こう答えたのだ。
――これから……? そうだな……
――ミコトと一緒だったら何でも良いぜ!
思えばそうだった。ミコトも、そうだったのだ。
だから旅に出る事にした。マナカと一緒なら、それで良かった。
マナカと一緒なら、きっと何でも出来るから。
だから、ミコトはこの夢の世界にいる訳にはいかなかった。
ここは、ミコトが、“マナカと一緒に叶える世界”だから――――
ここは、“ミコト自身が叶えた世界ではない”から――――――
「……だから、俺は、先に行くよ」
マナカの頭をポン、と撫でると、彼は困った風に表情を曇らせ、――――視界が暗転した。
そして唐突に視界が戻って来る。
闇に潰れた世界に、篝火が点々と並んでいる。そこにはマナカとオルナ、そしてシュンの姿しかなかった。
「おっ、ミコトも試練達成したんだな! やっぱミコトはすげーな!」
笑顔で駆け寄って来てバンバンと背中を叩いて歓喜の声を上げるマナカに、ミコトは安心感で一杯になり、安堵の溜め息を零して彼の胸板に拳を軽くぶつけた。
「……オルナも達成できたんだな」
マナカと共にオルナの元に歩み寄ると、彼は若干憔悴した表情を持ち上げ、煙草を口から離して照れ臭そうに微笑んだ。
「……ミコトも、キツかったみてぇだな」
「……オルナこそ、何か一気に老け込んだように見えるぜ」
二人して軽口を叩き合っていると、マナカが不思議そうに小首を傾げる。
「そんなキツかったかー? それより聞いてくれよミコト! 俺一番だったんだぜいっちばーん! へへっ!」嬉しそうに鼻の下を擦るマナカ。「それよりレン遅いなー。手間取ってんのかなぁ」
「……レンはまだ来てないのか」辺りをぐるりと見渡すも、篝火が点々と並んでいるだけで、果てが見えない空洞が延々と広がっている。
王城の地下である筈だが、天井は視認できず、先刻見た迷宮の入り口であろう巨大且つ荘厳な木製の門もどこにも見当たらない。視界一杯に闇が広がっているだけで、視野が利くのは篝火の傍だけだ。
ぱちぱちと火が爆ぜる音だけが背景に流れる、静寂の世界に佇む人影は四つだけ。
誰もシュンには近寄ろうとせず、シュンもまた、三人に話しかける事は無い。
そうして沈黙が闇を支配して間も無く、パタパタと翼を羽ばたかせる音が耳朶を打ち始めた。
点々と並ぶ篝火の向こうから、オワリュウがのんびりと飛んで来る姿が視野に入った。
「おうおう、第一の試練ご苦労さん! 中々ええ顔しとるやん、大きな壁乗り越えた顔やで、うんうん」
意地悪そうに笑いながら四人の周りを旋回するオワリュウに、マナカが「なぁオワリュウ、レンがまだ来てねーんだ。そんなに時間食う試練だったかこれ?」と困った様子で声を掛けた。
そんなマナカに、オワリュウは素っ気無く、雑な口調で軽薄に、告げた。
「レンとマシタなら試練に失敗して、もう門の前に戻されとるで」
「……!」
ミコトとオルナの瞳が見開かれるも、マナカは「まじかよ! そんな難しい試練だったかこれー??」と困惑するだけで二人の様子には気づいていない様子だった。
ミコトがオルナに視線を向けると同時に、彼もまたミコトに意識を傾け、小さく首肯を返す。
マナカが特別だったであろう事は明白で、レンは恐らく、この試練に呑まれてしまったのだろう。ミコトは、そして恐らくオルナも、この試練の過酷さが身に染みて理解できていた。
故にこそ、シュンがここにいて、マシタがここにいない事も、容易に想像が出来た。あんな試練を、あの王子が達成できるなど、有る訳が無いとまで。
「さて、おたくらには休憩時間はあらへんで。ちゃっちゃと次行くで次~! 特にミコトは時間があらへんねやろ? 早う終わらせた方がええやろ?」
パタパタとミコトの周りを旋回しながら嘯くオワリュウに、彼はしっかりと首肯を返して、「あぁ、そろそろ外の光が恋しくなってきたし、早くエンドラゴンに逢いたいしな」と、挑戦的な笑みを見せつけた。
オワリュウはそんなミコトに「よっしゃ、その意気やで! 良い面構えなってきたやん! じゃあ気張ってきぃや~!」と、点々と連なる篝火を縫うように奥へ奥へと飛翔していく。
三人は互いに頷き合い、オワリュウの後を追って、篝火を縫うように歩き出した。シュンもそれに倣うように後に続き、四人は闇が更に濃くなる深淵に向かって、歩を進めて行く。
やがて段々と篝火の間隔が長くなり、徐々に歩いている感覚が薄れ、意識が朦朧としてきた時――――周囲に有った人の気配が断絶し、世界が闇に塗り潰された。
試練が始まるのだと、ミコトは覚悟を据える。
そう意識した瞬間、視界が眩い光に満たされた。
あらゆる輪郭を消し去ってしまう程の強い輝きに、ミコトは腕で目を覆い――輝きが世界を形成していく途中で、その声を聴いた。
《あなたは、愛を試される》
ミコトは、息を呑んだ。
眼前に佇むその人影は、己が憧れ、敬い、誰より愛した――――
「――久し振りね、ミコト」
咲原イメ。
ミコトの、亡き実母だった。
【後書】
欲の試練、マナカ君がやたら簡単に突破できたみたいな展開になっておりますが、マナカ君はアレです、すぐに“気づいて”突破しちゃった奴です。天性の、と言いますか、野生の勘が尋常じゃなく働くマンですからね!(笑) レンちゃんが突破できなかった理由に関しては後ほど明かされますので、そちらもお楽しみに!
さてさて、試練もサクサク進みます。次回は、愛の試練。遂に、ご対面です。お楽しみに~♪
因みに現在、最終話を執筆中だったりします。今年…2019年の四月に、遂に最終話を迎える予定で現在調整しております。どうか最後までお楽しみ頂けますように~♪
更新お疲れ様ですvv
返信削除第一の試練…いきなり過酷です。
ミコトくんが歯を食いしばって耐えるシーン、たまらず涙が出ました。
まだまだ厳しい試練が続きそうですが、なんとか頑張って!!
レンちゃんが突破できなかった理由がとっても気になります。
明かされるときが来るまで妄想、妄想w
最後のときが来るまで頑張ってついていきます!
今回も楽しませて頂きました!
次回も楽しみにしてますよ~vv
感想有り難う御座います~!
削除三つしかないとなると、第一からもう既に過酷にならざるを得ませんでしたね…!
応援有り難う御座います!! ミコトくんならきっと、最後まで行ってくれる筈…!
レンちゃんの突破できなかった理由は後ほど明かされる訳ですが、わたくしの性癖を詰め込んだ奴なので、何と言いますかこう、明かされた時の恥ずかしさがヤバそうです(笑)。
ぜひぜひ! 最後のときが来るまでお付き合いくださいませ~!
今回もお楽しみ頂けたようでとっても嬉しいです~!
次回もぜひぜひお楽しみに~♪