2019年2月25日月曜日

【余命一月の勇者様】第50話 シュンの願い【オリジナル小説】

■あらすじ
最後の試練を超えた、シュンの願いとは。

▼この作品はBlog【逆断の牢】、【カクヨム】の二ヶ所で多重投稿されております。

■キーワード
異世界 ファンタジー 冒険 ライトノベル 男主人公 コメディ 暴力描写有り

カクヨム■https://kakuyomu.jp/works/1177354054881809096
■第50話

第50話 シュンの願い


「……何て、言いやがった……テメエ……ッ!?」

 シュンが嘲りを込めて見つめる先にいるマナカとオルナが、既に激情に囚われているのは火を見るよりも明らかだった。
 ミコト自身も怒りこそ覚えていたが、二人ほど我を失っていない。同時に、己だけでも冷静な判断を下さねばと言う意志で、二人の様子を窺いながらシュンの挙動を警戒していた。
 鉄仮面のように一時たりとも崩れなかったシュンの相貌が、今や悪辣なる外道の様相を以て歪んでいた。最早隠す事など不要だと――この場に居合わせる者に聞かせても問題が無いと判じて、近衛騎士は言の葉を繰る。
「私は常々、この国を支配下に置きたいと考えていてな。併し表立って王位を簒奪すれば民意が傾くだろう? そこで玉座を傀儡にしてしまえば、私はいつでも手を汚さずに政を思うがままに操れる……なれば、現国王を始末するより、知育が施されておらぬ稚児を私が洗脳すれば……そう思って貴様、マナカに私が直々に教育してやろうと進言したのだがな、貴様の愚母は勘付いてしまってな……邪魔立てした貴様の愚兄共々事故に見せかけて鏖殺したと思っていた。貴様が生き残っているなど、露にも思わなんだよ」
 ――それはいっそ、愉しそうと言う形容が似合うほど、シュンは口唇を喜悦に歪めてすらすらと罪の詩を諳んじた。
 その耳障りな雑音を静聴する二人は既に怒りの分水嶺を超え、殺意の塊のように剃刀染みた気配を迸らせていた。
 二人がいつ正気を失って斬りかかるか分からなかったが、己が問わねばならないと判じたミコトは、怒りで震えそうになりながらも、懸命に舌を震わせた。
「……じゃあ、第一王子も……」
「無論だとも。私の覇道に不要なモノは全て誅す。無用な人材は捨てるに限るからな」
 ――刹那、マナカとオルナが喚声を上げて飛び掛かった。
 ミコトはそれを止められず、それ故に即援護が出来るように構えて後を追うも、剣戟はもう始まってしまっていた。
 マナカの重量級の斬撃も、オルナの精密機械のような突撃も、シュンは紙一重で回避、受け流し、追撃連撃も巧みに体捌きと剣捌きで凌いでいく。
「お前だけはッ、お前だけはッ、お前だけは殺してやるからなッッ!!」
 頭に血が上っていても、ミコトと共に魔獣を討伐してきた経験が活きているのか、マナカの剣筋は見事なものだった。どれだけ回避・受け流されても、型通りではない動きで、無軌道の斬撃を繰り出し続ける。攻撃に規則性を与えず、相手に予測を立て難くさせる、“頭を使った”戦法だ。
 そんなマナカの攻勢を阻害しないように、且つ隙を与えないように斬撃突撃を織り交ぜるオルナの技術も、流石近衛騎士と謳われる程の冴えだった。シュンが如何に剣の達人であれ、反撃の余地を与えず、防戦一方に抑え込んでいるのは、偏に彼の技量の賜物と言える。
 そしてそんな回避不可能に等しい斬撃の嵐を長剣一本で凌ぎ切っているシュンは、天才二人を凌駕する怪物と言えた。
 更に、その怪物はそんな環境下で、こう吼えるのだ。
「さぁエンドラゴンよ! 私は試練を超えたぞ! 大願を! 我が願いを叶えて貰おうか!!」
 何を馬鹿な――と、この場に居合わせる誰もが思ったその言葉に、有ろう事かエンドラゴンは、「良いとも、契約はここに履行されよう。大願、言の葉にして告げるが良い」と、この状況下であっても優しい眦に険一つ入らず、穏やかな声調で応じた。
「――エンドラゴン様!? 何を――何を仰います!!」思わず攻撃の手を止めてエンドラゴンを仰ぎ見るオルナ。「彼奴めは逆賊! オワリの国に仇為す売国奴ではないですか!!」
「契約は契約である。其奴が最後の試練を成し遂げた攻略者である事が肝要であり、世に仇為す悪逆であろうと、それはワシとの契約には何の意味も持たぬ要素に他ならぬ」
「で、ですがそれはあまりにも――」
「さて、シュンよ。大願を言の葉に。ワシは其方の大願を成就せし守護者である」
 オルナの悲痛な諫言など柳に風と言った風情で、エンドラゴンは応答すらせず、シュンにその視線を刺し込む。
 シュンはマナカの大剣を受け流して、オルナが抜けた分の間隙を穿ち、マナカが大剣を振り下ろした瞬間を狙って絶大無比な速度で蹴りを突き刺し、マナカを一瞬だけ行動不能に陥れた。
「がッ、あッ、て、めぇ……ッ!」歯を食い縛って痛みに耐えるも、即座には反撃に移せないマナカ。
「……ククッ、それでこそエンドラゴン様。なれば告げよう、我が願い。――“力を”。この場に居合わせる凡俗共を凌駕する力を! 故国を蝕む下民を圧倒する力を! 我に万夫不当の力を与えよ!!」
「――今、契約は履行された。其方の大願、成就能わん。其方の限界を超越せし力、確かに与えよう」
 ミコトが、マナカが、オルナが、固唾を呑んで窺っていた、その中心で。
 シュンの体が黒色の輝きを帯びたと思った次の瞬間、――気配が、変わった。
 眼球が白黒反転し、全身から黒い電流がバチバチと駆け巡る、“異形”と、化していた。
「……シュ、ン……?」
 オルナが、恐る恐る声を掛けると、全身を黒いオーラで纏った近衛騎士、“だったモノ”は、「フゥー……」と満ち足りた吐息を一つ落とすと、――悪辣に歪んだ笑みを貼り付けて、オルナに振り返った。
「――とても、良い気分だ」
 と、シュンが呟いた瞬間、彼の姿は掻き消え――――オルナが咄嗟に構えた長剣が砕け、更にオルナの体が階段の下に吹き飛ばされた。
 ズン、と言う重たい震動を辺りに響かせて、オルナが地面に叩きつけられたのだと、ミコトとマナカは察した。この高さの階段から叩き落とされて、無事では済まないだろう。死んでいない事を祈るしかなかったが、最早祈る事すら、今は容易ではなかった。
「……マナカ、行けるか……?」
 跪いたまま大剣に凭れ掛かっていたマナカに、ミコトが肩を叩いて尋ねる。
 マナカは口唇を獰猛に釣り上げ、「へへっ、任せとけよミコト……俺はな、ミコトがいれば最強なんだからよ……ッ」と、虚勢のようにも見える態度で、ゆっくりと立ち上がり、眼前に佇む人外を視野に納める。
 ミコトもマナカの視線を追うように、その異形を睨み据え、重く吐息を落とす。
「マナカ。俺さ、もう全部叶ってるんだ」ポツリと、呟くミコト。「だから、マナカ。オルナもそうだ。三人で、帰るぞ」
「あぁ、当然だ! 俺が帰る場所にはミコトがいなけりゃダメなんだからな!」
 ガッと、二人は拳をぶつけ、武器を構える。
 見据えるは、未だかつて遭遇した事の無い、未知の敵影。
 けれど逃げ帰る事など出来ない。怯む事すら許されない。
 戦って、勝つ。
 勝って、帰る。
 そのために今、ここで全力を出し切る合図を交わした二人は、同時に吼えた。
「「ォォォォオオオオ――――――――――ッッッッ!!!」」
 吶喊――二人の息の合った突撃に、併しシュンは悪辣な冷笑を一寸も崩さず、「鈍いな、下民」とだけ零し、――二人の腹部に超重量級の拳を、突き刺した。
「ごッ――――ぽぉ……ッ」
 唾液だけではない、紅色の体液が、口腔から勢いよく噴き出る。
 気づいたら音が飛んでいた。瓦礫の只中に己が倒れ伏している事を自覚するまでに、幾許かの時間を要した。
 視界が半分紅く閉ざされている。残り半分は焦点が合わずにぼやけたままだ。呼吸の音と、血液が流れる音、心音だけがミコトの世界の全てだった。
 起き上がろうとすると、全身が絶叫を奏で、本能が全力で静止を懇願してくる。
 こんな悪夢を見るのは、いつ以来だろうか。脳裏には何故か古い記憶――マナカと魔獣狩りに出掛けた際に、重傷を負った時のイメージが再現され、現実世界の映像が途絶したまま脳髄に照射されなくなっていた。
 ――――不味い。
 そう本能を超える危機意識が悲鳴を上げた瞬間、頭蓋に罅が入る激痛が総身を駆け抜けた。
 火花が散る霞み掛かった視界に、“鬼”が、刻み込まれる。
「イ、ギ、ィ……ッ!!」
 頭蓋が拉げていく悍ましい感覚が意識を奪っていく。眼前の鬼はただ頭を鷲掴みにしている、それだけなのに――圧倒的なまでの膂力で、頭蓋骨が砕け散りそうになっていた。
 意識が明滅する。けれども、ミコトはその喪失一歩手前の思考を全力で回し、朦朧としながらも離さなかった片手剣を振るい、鬼の腕を斬り落と――――せず、白刃は空を切り、ミコトの体は凄まじい衝撃を右半身に受けて、神殿の木柱を破砕して停止した。
「ン、だ、これ…………ッ」
 起き上がる気力すら根こそぎ失われても。全身の骨が粉々に粉砕されているような悍ましい感覚に浸されても。視界の半分以上が真っ赤に塗り潰されても。
 ミコトは立ち上がり、視界に納まる場所で悠然と笑いかける鬼を、睨み据える。
「マナカ、は……ッ」
 辺りを見回すも、その姿は見えない。
 鬼が、ミコトから視線を逸らした瞬間、咄嗟に体が動いていた。
 隙なんて、恐らく存在しない。そう、頭では理解できていた。
 あの怪物は、そもそも今まで遭遇した魔獣などとは、格も、次元も、あらゆる面で異なっている。
 人族が敵う相手ではないと、意識下では完全に理解が出来ているのだ。
 それでも――けれども――アレは、ここで斃さねばならない。故にこそ、ミコトは立ち上がり、挑みかかる行為を止めない。
 オワリの国に仇為すと分かっているから――ではない。
 マナカの母を、オルナの兄を殺したから――でもない。
 マナカと、オルナと、三人で必ず帰ると約束したから。
 ミコトが寿命を元に戻して帰るだけでは、ダメなのだ。
 三人が、一緒に帰らなければ。生きて、帰らなければ。
 そのために、あの鬼を、怪物を、異形を――斃さねば。
「ウオオオオオオオッッ!!」
 怒号を張り上げ、心を奮い立たせ、片手剣に全霊を込め。
 一瞬でも視線を逸らした隙を衝くべく、斬撃を見舞う。
 ……それが、あまりに無為に満ちた行為であっても、だ。
「――賢しいな。下民に相応しい賢しさだ、下郎」
 片手で。
 虫でも払うような仕草でミコトの腕がへし折られ、苦悶の表情を浮かべて転倒――せず、歯を食い縛って耐え抜くと、零した片手剣を逆の手で掬い上げ、今度は逆手に逆袈裟懸けを放つ。
 無為だと。無駄だと、分かっていた。けれど――ミコトは懸命に、諦めない選択を取る。
 絶望的なまでの戦力差を前にしても、挫ける事は許されない。
 絶対的なまでの怪物と敵対しても、諦める事は選択できない。
 きっともう、本能や感情の判定する域は超越した問題なのだ。
 頭では理解できていると思ったが、思考も最早定かではない。
 果たしてミコトの逆袈裟懸けは、目で追えない速度で繰り出された拳撃で顔面を穿たれ、――白刃が怪物に届く前に、ミコトの体は仰け反っていた。
「脆弱――――」
 怪物が悪辣に嗤う。追い討ちを掛けるように、片手剣を取りこぼしたミコトの無事な左手を掴み、――容易く握り砕いた。
「――――ッッ」
 言語化できない絶叫が喉から迸り出る。
 跪き、激痛に苛まれながら――怪物を睨み据える。
 ミコトの瞳は、“死んでいなかった”。
「――ッ、捕まえたぞ、シュン……ッ!」
「……捕まえた? まだ分からないのか、貴様が掴まれただけだと言う事を」
 大きく振り被り――ミコトの体が宙に浮き、――刹那、大地に叩きつけられ、ミコトは呼吸の仕方を忘れた。
 視界が破断する。意識が混濁する。思考が灼熱する。総身が断線する。
 それでもミコトは――怪物の手を、砕かれた手で、掴んでいた。
「……? 離せ下郎、流石に鬱陶しいぞ」
 骨が粉砕する感触が脳髄に焼き付く。
 ミコトは表現不可能の阿鼻を上げ、――歯を食い縛って、初めて意味の有る声を奏でた。
「――頼んだぞ、マナカ!!」
「――ミコトをォォォォオオオオッッ、苛めてんじゃねェェェェエエエエッッ!!」
 マナカが、瓦礫の中から飛び出してきた。
 弾丸のように突撃してきたマナカに、併し怪物はまるで脅威を感じていない素振りで、掴んでいるミコトを振り上げると、マナカの射線に合わせるように叩きつける――――が、ミコトは振り飛ばされる直前に遠心力を利用して、「どッ、せぇいッ!!」一本背負いを、敢行した。
 それは、あまりにも弱々しい力で、あまりにも脆い技術での一本背負いだったが、一瞬だけ、シュンが地上から足を離した。
 その瞬間だけは、地に足が着いていないその瞬間だけは、シュンの悍ましき速度は発揮されない。体捌きですら、ミコトに手を掴まれている以上、“ほんの僅かだが”困難になっている。
 その、寸毫の間隙を縫うように、マナカが大剣を横薙ぎに振るう。
 シュンはそれを、人族の体感速度を数倍加速した世界で、眺めていた。
 ――――躱せない。
 ならば、“被害を軽減すれば良い”。
 右手を犠牲にしよう。盾代わりに、大剣を防ぐ――右手に接触した大剣は、予想以上の膂力が込められている。無理だ。右手だけの犠牲では、防げない。
 ――――防げない?
 つまり、それはどういう事だ。
 シュンは加速した世界で脳内であらゆる選択を試行していく。どうすれば助かるのか。どうすればこの男を殺せるのか。どうすればこの国を己のモノに出来るのか。
 全て、未来に辿り着かない。ここで、――――死ぬからだ。
 ――――ならば、ならば、ならば、ならばならばならばならばならばならばならば――――――――――“道連れにするほか、無い”。
 右腕を切断され、延長線上の心臓も斬裂されながら、シュンはミコトに背負い投げされた反動を使い、左手でマナカの胸を、貫いた。
 ――衝撃が駆け抜け、辺りには濛々と埃が舞い上がり、視界が白く濁ってしまう。
 その中でミコトは朦朧とする意識を繋ぎ止め、懸命にマナカの姿を探した。
 最後に視認した景色が、マナカの胸にシュンの手が刺さった映像だったのだ。安心など、出来る筈が無かった。
「マナ、カ……」
「ミコト!? 無事か、ミコト!!」
 血の混ざったオルナの声に、ミコトは全力を振り絞って瞼を持ち上げる。
 視界にぼやけて映るオルナは、血塗れだった。左肩が外れてしまっているのだろう、だらん、と垂れ下がったまま動かないのを見て悟る。
「マナカ、は……」
「俺なら、ここに、いるぜ!」
 オルナの背後に、マナカの姿が映り込む。
 口からボタボタと血液を零す、マナカの姿が。
 胸が真っ赤に濡れた、青褪めたマナカの姿が。
 そんなマナカに、何と声を掛ければいいのか分からないミコトとオルナに、エンドラゴンの高らかな声が届いた。
「さて、ミコトよ。其方の大願は何ぞや。寿命を元に戻して欲しいのか? それとも――――マナカに間も無く訪れる死を、消し去りたいのか」
 ――マナカが、苦しそうに、血反吐を吐いた。

【後書】
 わたくし戦闘シーンが好きなのですが、大体戦闘シーンを綴るとすんごい速さで終わっちゃうんですよね。何と言いますか、少年誌的な戦闘シーンを表現したさは有るのですが、あんなに刻まれたら、あんなに穿たれたら、人間って脆いんだよ、すぐ死んじゃうんだよ、ってイメージが先行しちゃって、割かしあっと言う間に終わってしまうんです。もっと苛烈で過激な戦闘シーンを綴るにはやはり不死身しかない…そんな諦観が昔の作品では活かされてたりしますw
 さてさて、大願成就でハッピーエンド! とは行かないのが現実です。ミコト君が寿命を元に戻せば、マナカ君が…。マナカ君を死の淵から助ければ、ミコト君は…。究極の選択とは期せずして訪れるものです。そんなこったで次回もお楽しみに~♪

2 件のコメント:

  1. 更新お疲れ様ですvv

    なんとも言えない後味の悪さというかなんというか、
    なかなかハッピーエンドは遠いようです。これも「闇」の深さ故なのか?

    今回のお話を読んで、ますますミコトくん以外の試練の話を読みたくなりました。
    どうかひとつm(__)m

    戦闘シーン読み応え十分!
    オルナさんの正確無比な剣技、人外になってしまったシュンさんの迫力、
    そしてミコトくんとマナカくんの見事なコンビネーション。
    さすがです!

    エンドラゴン様ここはどうかひとつ…

    今回も楽しませて頂きました!
    次回も楽しみにしてますよ~vv

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    1. 感想有り難う御座います~!

      即ハッピーエンド! とは行かないのが、こう、アレです。現実感や物語感と言った何かです(表現できない語彙力)。

      にゃんと!w これはやはり物語完結後に試練短編と言いますか、番外編を綴らねばですな!

      やったぜ!┗(^ω^)┛ 戦闘シーン頑張りましたよう!
      「さすがです!」の一言でも~ニヤニヤが止まらない奴です!! 有り難う!!!

      エンドラゴン様のお慈悲は得られるのか! 次回、一つの答えが出ますのでお楽しみに!

      今回もお楽しみ頂けたようでとっても嬉しいです~!
      次回もぜひぜひお楽しみに~♪

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