2019年3月11日月曜日

【余命一月の勇者様】第52話 不退天命〈1〉【オリジナル小説】

■あらすじ
誰も、諦めちゃいない。

▼この作品はBlog【逆断の牢】、【カクヨム】の二ヶ所で多重投稿されております。

■キーワード
異世界 ファンタジー 冒険 ライトノベル 男主人公 コメディ 暴力描写有り

カクヨム■https://kakuyomu.jp/works/1177354054881809096
■第52話

第52話 不退天命〈1〉


「――――それは、この国を導く者として立つと、そう仰っているのですか?」

 マナカの斜め上を行く宣言に対して、オルナは驚きを隠せなかったものの、マツゴは至って平静の面持ちで、穏やかな声調を伴って、淡々と応じた。
 マツゴの瞳は真摯そのもので、マナカがふざけてそんな事を宣った訳ではないと確信に満ちていた。理由が有るからこそ、次期国王になる事を認めた――いいや、急いで次期国王になる必要が有ると、その意志が舌に載ったのだろう。
 マナカはマツゴをまっすぐに見つめたまま、静かに首を、“否”と、振った。
「俺には、誰かを導くなんて大層な事、できねーよ。況してや国なんて、導ける訳がねえ。でもそれは――俺一人の場合だ」視線を、レンが魔光を浴びせるミコトへ向ける。「ミコトがいれば。ミコトが傍にいてくれれば、誰かだって、たぶん国だって、導ける筈なんだ。だから……順番がメチャクチャになっちまうけど、俺は――次期国王として、この国の皆に、助けを求めてぇんだ」視線を再びマツゴに向けると、歯を食い縛って頭を下げるマナカ。「頼む! ミコトさえ救ってくれるなら、俺は何だってする! 王様にだってなる! 国だって導く! だから、頼む! 俺に……ミコトを救う力を、知恵を! 貸してくれ……ッ!!」
 頭を下げたまま微動だにしないマナカに、マツゴは静かに瞑目すると、その口の端に薄っすらと苦笑を覗かせた。
「……マナカ様には、敵いませんね」零すように、マツゴは呟いた。「まさか、次期国王になる理由が、ミコト様を助ける方法を知りたいがため、などと。……いいえ、それでこそマナカ様は、人の上に立つに相応しいのだと、余は思います」そう言って、マツゴはマナカの肩に手を置いた。「マナカ様。……いいえ、マナカ。貴方に次期国王としての権限を付与します。以後貴方には、王族として、次期国王として、我が国、オワリに尽くして頂きます。……無論、貴方が求めるミコト様の延命方法の探索は、臣民全てを以て、全力で当たります」
 日溜まりの微笑を浮かべるマツゴに、マナカは燦々と輝く太陽の笑みを返して、「ありがとな! ほんとにありがとな、親父!!」とその手を握り締めて、ブンブン振り回し始めた。
「……は? ちょ……ちょっと待てよ、おいこら、父上様よぉ!?」
 二人が笑みを交わし合って早速行動を開始しようとした矢先。不意に苛立ちに染まった怒声が跳ね上がった。
 視線を向けずとも、マシタが激昂している姿が即座に浮かんだ。
 マシタは死に顔を晒すシュンを踏みつけながら、マナカを指差して口角泡を飛ばしていた。
「ふざッ、巫山戯るなよテメエ!? 俺様が次期国王だ! テメエみてえなポッと出の訳の分からねえカス野郎に取られて堪るか!! そうだろ!? 父上様よぉ!?」
「……マシタ。まさか、ここまで話を聞いてもまだ、道理が分からぬと……そう仰るつもりではないでしょうな?」
 マツゴの冷厳な視線に晒されても尚、マシタは激情を抑えようとはしなかった。ワナワナと全身を小刻みに震わせ、怒りで顔が充血し始めている。
「道理!? そんなもん知るかボケェ!! 俺様は認めねえ!! そんな下民に王位を譲るなんざ認めねえぞ俺様はよぉ!!」腰に提げていた細剣を抜き放つと、マシタはマナカを剣の穂先で示した。「決闘だァ!! テメエをここでぶっ殺して、俺が次期国王にッ、オワリの国の王としてこの国を導いてやるよぉ!!」
「いや、お前には無理だろ」ぴしゃりと、マナカは言い放った。「お前にやらせる位なら俺がする。だからお前は、ゆっくりしててくれよ」
「キイイイイヤアアアアア!!」遂にストレスが臨界を超えたのだろう、マシタが発狂して斬りかかるも、マナカは大剣を抜かずに、拳を素早く打ち込んでマシタを即座に黙らせた。「ぐえぇ……」
「……何から何まで、ご迷惑をお掛けしました」
 マナカの打撃によって昏倒したマシタに寄り添い、マツゴは消沈した様子で謝罪を落とした。
 マナカは意に介さず、「気にすんなよ! そいつ、ただ馬鹿なだけだろ? 俺と一緒だ!」ニカッと、快活な笑みを浮かべて応じた。
「……ほんと、ミコトじゃねえけどよ、マナカはすげーよ、まじで」唖然とした様子で、痛む全身を押してオルナが苦笑を浮かべた。「王族に対して遠慮を知らねえのもそうだけど、なんつうかな……敵わねえって、今痛烈に感じてるよ」
「そうか? ――そんな事より親父! 急いでミコトを長生きする方法、調べてくれよ! 頼む!」マナカが慌てた様子でマツゴに駆け寄るも、それをオルナがやんわりと引き留めた。「――オルナ?」
「……有り難う、オルナ」オルナに柔らかな微笑を返し、マツゴはマシタを抱えてマナカを見据えた。「マナカ。余は、本日を以て崩御――マシタと共にオワリを、この迷宮の奥深くから、見守ろうと思います」
「ほうぎょって何だ?」オルナを見やるマナカ。
「……高位の者が亡くなる事だよ。今回の事で言えば、陛下が死ぬ事、と言えば良いか」
「親父もう死ぬのか!?」「いや死なねえけども! 確かに崩御ってのは死ぬ事なんだがな! アレだ、陛下は隠居なさると仰っているんだ!」「いんきょって何だ??」「あーもう面倒臭いな!! 国を離れて静かに暮らすって事だ! そんな感じだ!!」
 全身の痛みに堪えきれず、その場で蹲るオルナに対し、マナカはマツゴを見やって不思議そうに小首を傾げる。
「何でいきなりいなくなるんだ親父? 俺まだ、王様になったばっかりで、何にも聞いてねえぞ?」
「……余は、もう長くありません。そしてマシタと言う爆弾を抱えてこの世を去るのも、この国を守護してきた者として、看過できません。そこで……」マツゴの視線が、オワリュウに向けられる。「マシタには余と共に、エンドラゴン様の元でお仕えするのが、相応しい末路だと思いまして」
「そうなのか?」「えぇ、そうなのです」不思議そうに首を傾げるマナカに、マツゴはおっとりと微笑を返した。
「オルナ。後は頼みましたよ」ポン、とオルナの肩を叩くマツゴ。「マナカを、良き王に。そして何より――ミコト様を、この国の宝を、末永く」
「……拝命、仕りて御座います」スッと儀礼を返すオルナ。
「では……オワリュウ様。宜しくお願い致します」
「はいよう」ピッと翼を掲げるオワリュウ。「ほなな、オルナ、マナカ。短い間やったけど、楽しかったで! ワイはいつでも見守っとるから、また迷宮に挑みたい言う輩が現れたら、いつでも来いや! ほななー!」
 マナカとオルナが別れの言葉を言う暇も無く、目が眩むばかりの漆黒の光がオワリュウ、マツゴ、マシタを包み込み、次の瞬間にはレンの放つ魔光だけが頼りの静かな空間が戻ってきた。
「と言う訳で、頼むぜオルナ!」バシーンッ、とオルナの背中を叩くマナカ。「早速ミコトを長生きする方法を調べねえとな! 早く早く!」
「あのね、マナカ君。一応言っておきたいんだけど、聞いてくれるかな? 俺ね、もう見るからに満身創痍なの、分かってくれる??」蒼白な顔面をマナカに向けて、鮮血をダラダラと口の端から流すオルナ。「俺そろそろガチ目に死にそうなの。判る??」
「オルナも絶対死ぬなよ? これは王様との約束だからな! 勝手に死ぬな! でもミコトを長生きさせろ!! いいな!?」ビシィッとオルナを指差すマナカ。
「もういきなり暴君じゃねえかチクショウ!! 分かった! 分かったから少しだけ時間をくれ!! 救護班~!! 俺にも治療を施してぇ~!! 迅速に! 迅速に!!」
 マナカとオルナがぎゃいぎゃい喚くその片隅で、レンは意識を乱される事無く、ひたすらミコトに癒しの光を捧げ続けていた。
 傷が徐々に癒え、血の気が戻ってくるミコトを見下ろすレンの表情は、ひたすらに悲痛だった。
 歯を食い縛り、涙を流し、食み出そうになる喚声を喉で食い止めて、必死にミコトに魔力を注ぎ続ける。
 楽天的な事など、何も考えられなかった。この国の行く末なども、全く眼中に無かった。ただ、ミコトが生きている未来だけを渇望してここに来て、その結果が、これだ。
 諦めるなと、エンドラゴンは言っていた。あの声は、門前に返されたレンにも届いていた。諦めるなと。最後まで、希望を捨てるなと。
 無惨に嬲られたミコトを見て、そんな希望など、どこにも無くなってしまった。確かに生きている。けれど、生きているだけだ。そんな姿を見て、どこに光を見出せよう。
「……ミコト……ッ、ミコト……ッ!」
 絶対に、ミコトの未来は存続されるべきだった。
 何を賭しても、ミコトは生きねばならなかった。
 なのに。なのに……己は、あまりに無力で。何の力にもなれなくて。
 やがて、レンは意識を失う。あまりにも膨大な魔力を一度に消費した事で、倒れてしまった。それに気づいたマナカが何か叫んでいたが、レンの意識は既に遥か彼方に飛翔し、現実の声は一切届かない領域に来てしまっていた。

◇◆◇◆◇

 死の世界が有るとしたら、この先なんだろう。そんな感覚が意識に芽生えていた。
 静かな湖畔。空から注ぐのは柔らかな陽射し。香るのは森林の青さだ。
 そこにレンは座り込んでいる自分に気づいた。泣き腫らした瞳がとても熱い。視界には栄養がたくさん染み込んでいるであろう腐葉土と、誰かの背。
 誰かの背、などと。見れば、すぐに分かる。それが、今失われようとしている、己の愛する男の背である事など。
「……ミコト……ッ」
 夢であろう、と言う事は感覚で分かる。
 けれど、その大きな背があまりにも儚げで、レンは一度は止まった涙をまた流しながら、その背に手を添えた。
「……ッ、ごめん……ッ、ごめん、ミコト……ッ」ミコトの背に凭れ掛かり、泣きじゃくるレン。「あたし……試練……ッ!」
「……レン?」ふと、己の背に凭れ掛かるレンに気づいたミコトが、驚いたように振り返り、レンの肩を掴んだ。「何で泣いてるんだ? 何で謝るんだ?」
「あたし……ッ、試練……だめ、だったの……ッ、失敗、しちゃったの……ッ!」溢れ出る涙液を腕で擦りながら、レンは喉を引き攣らせながらも懸命に訴える。「欲のッ、試練……あたしね、欲に負けたの……」
 少しずつ、呼気が落ち着いてきた。ミコトはそんなレンを見つめながら、黙って話を促す。
 レンは顔を上げ、ミコトを正視して、告げる。
「……あたしの欲は、ミコトとの子を成す事、だったの……。もうミコトがいなくなるなら、ミコトとの子を成せば良いって、それで……」
「……だったらその俺は、偽者だな」
 レンを抱き締め、そっと頭を撫でるミコトに、彼女は悔し涙に顔を歪めながら、抱き締め返した。
「……レン。俺は、赤子だけ預けていなくなるなんて無責任な事、しない」レンを抱き締めたまま、言い聞かせるようにミコトは呟く。「俺が子を成すのは、それは俺がレンと一緒に子を育てられる未来が確定した時だけだ」
「でも……っ、このままじゃ、ミコトは……っ! ミコトがいない世界で、あたしはどうやってミコトを愛せば良いの……ッ!? だから……ッ、だからミコトを……ミコトを、残したいんだよぉ……ッ!」
 ミコトの胸板に縋りつき、レンは稚児のように泣きじゃくった。
 夢の世界でぐらい、幼子のように喚いても良いじゃないかと言う、甘えが有った。
 もう二度と逢えないかも知れない相手に、甘えても良いじゃないかと言う、飢えが有った。
「お願いミコト……、あたしに、子種を……貴方の子種を、ください……っ」
 恥も外聞も無い。ミコトがいない世界を生きていく上で、どうしても必要だと思うからこその、レンの泣訴。
 それがどれだけの覚悟で発せられたのか、ミコトが――夢の中の、理想のミコトが、分からない筈が無いにも拘らず。
 眼前で頭を撫でてくれる夫は、――“否”と、決して首を縦には振ってくれなかった。
「そんな無責任な事は出来ない。俺がレンとの子を望むのは、俺が子育てが出来る未来が確定してからだ」優しく、乳児をあやすように頭を撫でるミコト。「それに……俺はまだ諦めてないぜ、レン」
「……」
「今の俺は、確かに死に瀕してる。レンの癒しの力を得て、辛うじて息をしている態の、重傷者だ。それでなくても、五日後には俺の寿命は尽きる。何もしなかったら、俺は五日後に、確実にこの世を去る。けれど俺は――まだ諦めてないし、まだ希望は捨てちゃいないんだ、レン」
「……ミコトには、見えているの……?」涙で歪んだ視界を、ミコトの顔に据えるレン。「まだ、光の先が……終わらない、道が……」
 レンの両眼が捉えるミコトが、不意にぼやけてきた。焦点が合わないのか、ミコトの顔が不鮮明になり、徐々に視界の端から闇が忍び寄ってきた。
「ミコト……?」
「レン。だから諦めないでくれ。俺も、それに……マナカだって、クルガもそうだ。誰も、諦めちゃいない。もう少しだけ、最後の瞬間まで……一緒に、」
 ミコトの顔が、光に溶けていく。
 レンの夢は、そこで終わりを告げた。
 ミコトの顔は、これだけの大怪我を負って、あれだけ過酷な目に遭って、もう希望の光など有る筈が無いのに、何故か……
 何故か、優しい微笑を浮かべていた――――

■残りの寿命:4日

【後書】
 と言う訳で、レンちゃんの試練の中身が詳らかになりましたが! これ実際試練の中身を想像するにえちえちのえちですよね(真顔)。
 この話を含めて、あと四話で完結と相成ります。いよいよクライマックス間近! 残りの寿命のカウントダウンも始まりました!
 そんな感じで、最後までどうか、お楽しみ頂けますように…!

2 件のコメント:

  1. 更新お疲れ様ですvv

    レンちゃんの試練…
    なんて言ったら良いか、言葉になりません。
    ただひたすら過酷です。

    マナカくんの決意、オルナさんの誓い、レンちゃんの想いそしてクルガちゃんの勇気…
    なんとかミコトくんに届いてほしいです。

    今回も楽しませて頂きました!
    次回も楽しみにしてますよ~vv



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    1. 感想有り難う御座います~!

      レンちゃんの試練はこれ、ちょっと言及が難しい奴なんですよね…!
      「ただひたすら過酷」と言うのが、身に沁みます…!

      皆の決意、誓い、そして勇気がミコト君に届く事を祈って…!

      今回もお楽しみ頂けたようでとっても嬉しいです~!
      次回もぜひぜひお楽しみに~♪

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