2019年3月25日月曜日

【余命一月の勇者様】第54話 最初で最後の賭け【オリジナル小説】

■あらすじ
最後の一日が、幕を開ける。

▼この作品はBlog【逆断の牢】、【カクヨム】の二ヶ所で多重投稿されております。

■キーワード
異世界 ファンタジー 冒険 ライトノベル 男主人公 コメディ 暴力描写有り

カクヨム■https://kakuyomu.jp/works/1177354054881809096
■第54話

第54話 最初で最後の賭け


「――ミコト!」

 マナカの大声が、ミコトの目覚ましだった。
 普段は、ミコトがマナカを起こしに行くのが日課だが、ミコトが起きれない日は、必ずマナカが起こしに来るのだ。
 耳元で、大声を張り上げて、己の名を呼ぶ。
 それだけで、ミコトはどんな眠気も吹き飛んで、覚醒する。
 瞼に降り注ぐ光を振り払うように、ゆっくりと瞳を外気に晒す。
 起き上がると、そこには今では見慣れてしまった面子が、意気揚々とした面構えで、己を見つめている。
 ミコトはそんな一同に、気恥ずかしそうに微笑むと、「……おはよう」と、嬉しそうに声を掛けた。
「おはようだぜミコト!」マナカが即座に飛び掛かり、ミコトの肩をバシバシ叩き始めた。「今日は最高の朝だな! そうだろミコト!?」
「あぁ、そうだな」マナカに肩を叩かれながら苦笑を返すミコト。「マナカに起こされた日が、最高じゃない訳が無いよな」
「おはよう、ミコト!」ぴょん、と跳び上がってミコトの傍に寄ってきたのは、クルガだった。「僕、頑張ったよ! だから、ミコトも、頑張って!」
「お帰り、クルガ」ポン、とクルガの頭を優しく撫でるミコト。「そうだな、今度は俺の番だ」
「……ミコト」レンが、真剣な表情でミコトを見つめる。「また、無理させちゃう事になるかも、泣き言を言っちゃうかもって、ミコトが起きるまでずっと悶々としてたけど……それはもう、ナシ! 今日がミコトの最高の日になるって、あたし、信じてるから! おはよう!!」
「……あぁ、おはよう、レン」レンの頭も、ポン、と優しく撫でるミコト。「信じてくれて、ありがとな」
 三人の頼もしい家族から視線を外すと、オルナ、ミツネ、ニメ、サメ、サボ、ホシ、と言った面々が、意志の強い笑みを覗かせて、頷いた。
「……今日が最後の日、なんだな?」確認するべく、ミコトが呟く。
「おう、そうだ! でも、“最初の日”でもあるぞ!」マナカがニカッと八重歯を覗かせて笑んだ。「ミコトが、“初めてギャンブルする日”だからな!」
「ミコト! 僕もね、手伝ったの!」尻尾をパタパタ揺らしながら、クルガが吼えた。「魔法賭博の、場所! 大慌てで帰って来て、すぐ探し回ったの! そしたらね!」
「そう、最後はクルガが最高の仕事をしてくれたのよ」レンが、クルガをギュッと抱き締めた。「魔法賭博の場所は、オワリの国の臣民も、ソウセイの国の臣民も、誰も知らなかった。けれど――」
「――――“狼の鼻”は、誤魔化せなかった」パチンッ、と指を鳴らしたのはサボだった。「呼雨狼がね、“知っていた”そうだ。魔法賭博の、“匂い”を」
「親切な呼雨狼がクルガに知らせてくれてな。俺達はクルガに教えられた場所を徹底的に洗って――」オルナは煙草を摘まんで、ニヤリと笑った。「ついさっき、魔法賭博を秘密裏に運営している賭博場を、発見したって寸法さ」
「後は、ミコト。お主がそこに赴き、勝つ――それだけじゃ」真剣な表情でミコトを見据えるミツネ。「ワシは、全力でお主を応援する。じゃから、――勝て。これは、オワリの国とソウセイの国、二国の臣民全ての総意と思うが良い」
「つー訳だ、ミコト!“ご飯立て”は済んだぜ!」グッとサムズアップするマナカ。
 間。
『……それを言うなら“お膳立て”』その場に居合わせた全員の声が重なった。
「それだ!」更にサムズアップを重ねていくマナカ。
 ミコトはそんな一同に微笑を堪えきれず、顔を上げた時には生気に満ち溢れていた。
「……これだけお膳立てされて、やらない訳にはいかないだろ?」マナカの肩を叩くミコト。「やろうか。俺の、最初で最後の、――――ギャンブルだ」

◇◆◇◆◇

 その賭博場は、王都・シュウエンより馬車で半日掛かる場所に、ひっそりと聳えていた。
 シュウショウ山の麓の、一部の人間だけが知る、秘密の賭博場。
 そこは呼雨狼の棲み処の近くでもあり、近隣住民が密かに愛用する、地元民しか知らない秘密基地だ。
 質素な石造りの、砦のような建造物には、電飾などの装飾品は何も無い。垂れ幕に「賭博場」としか記されておらず、周囲は閑散としている。一見しただけでは、本当に営業しているのか分からない程の光景だが、人の出入りは程々に有る。
 何より、窓から覗ける内装は外見に似合わず豪奢で、且つ音が――人の歓声、悲鳴、絶叫、泣き声……悲喜交々の音声が引っ切り無しに聞こえてくる。
 そこに一同は馬車で駆け付け、ミコトとマナカは、その入り口で待つ人物を見て、驚きと、――安堵を覚えた。
「いると思ったぜ」「また逢えたな!」
 ミコトとマナカの掛け声に、キョンシーを連想させるその取り立て屋――羽鹿アヤツは、にこりともせずにお辞儀を返し、「お待ちしておりました。ミコト様、マナカ様」と、親しみの有る声で応じた。
「……えっと、知り合い?」レンがこそこそとミコトに耳打ちする。
「こいつがミコトから寿命を奪ってったんだ! 許せねえよな!」マナカが大声で非難し始めたのを見て、オルナが「マナカくぅ~ん? 気持ちは分かるけど本題に入る前にトラブル起こすのだけはまじ勘弁してね~??」と大慌てでマナカを羽交い絞めにした。
「……どうやら、俺が来る事は想定内、だったみたいだな」
 ミコトが惚けた様子でアヤツに声を掛けると、彼はやはり表情筋を一切動かさずに、声だけは意気揚々と、軽やかに応じた。
「えぇ。半ば確信しておりましたとも。故に、用件も承知しております。本来であれば、博打で負けが込み始めた方に提案する魔法賭博ですが――特別に、ミコト様には即参加できるようにご用意させて頂いております」
「……ただ、俺には賭けるだけの寿命が残ってないんだ。何を掛け金に載せたら良い?」
 ミコト以外の面子に、緊張が走る。寿命を掛け金として賭けるギャンブルであるなら、当然賭けるだけの寿命が無ければ参加できまい。仮に寿命を一日賭けた所で、得られる寿命は、倍にしても二日……それでは、全然足りない。
 全戦全勝。あらゆるギャンブルで勝利を納める以外に、寿命が取り戻せないのであれば、ここから更に至難の挑戦が待ち受ける事になるが……
 アヤツはそれに対して、一切の感情の塗布されない顔で、――実に激情的な、楽しくて仕方ないと言った風情の声を、吐き出した。
「“賭けるべき寿命は、この場に居合わせる誰でも、肩代わりできますよ”」
 その瞬間、ミコトの顔に緊張が走り、――他の全員が、安堵とも感謝とも付かぬ笑みを、覗かせた。
「待ってたぜ、その言葉ぁ!」マナカが大声を張り上げてアヤツを指差す。「俺は! 俺達は! そのために一緒についてきたんだからな!!」
「ミコト! 僕の寿命、使って!」ミコトの袖をクイクイと引っ張って、鼻息荒く告げるクルガ。「僕は、そのためにここにいるんだから!」
「……そういう事、ミコト」ポン、とミコトの肩を叩くレン。「今更、引き下がらないでね? あたしも、二人と同じ想いで、ここに立ってるんだから」
「……そうだよな」ミコトは“してやられた”と言う顔で、溜め息を零した。「そうなるとは、俺も思ってた。思ってたが、何も言えなかった。固より俺は、――負けるつもりは、無いからな」
 一歩、踏み出す。アヤツの失われた表情筋が、この時初めて――ニコリと、笑みを刻んだ。
 それは悪意や害意を感じさせる笑みだったかも知れない。けれどミコトは何故か――アヤツはそんな感情で笑っているのではなく、ギャンブルと言う行為に対する神聖性に対して、笑みを返したのではないかと、思ってしまった。
「ご案内致しましょう。どうぞ、こちらへ」
 そう言うと、アヤツは鉄扉を押し開き、砦の中へと足を踏み入れる。
 赤いカーペットが敷き詰められた、煌びやかな空間の、奥へ、奥へと、一同は誘われ、吸い込まれて行く。
 周りには、近隣の住民なのか、或いは旅人なのか、様々な姿の人族がギャンブルに興じ、歓喜の声を上げたり、絶望の悲鳴を奏でたり、スタッフに連れられて重そうな扉の闇へと消えて行ったり……今まで見た事の無い光景が、随所で繰り広げられていた。
 これが、亡き父・トカナが晩年過ごした世界。そう思うと、ミコトは感慨深い想いに囚われた。
 阿鼻叫喚、だけではない。ギャンブルに勝利し、狂喜の雄叫びを上げる者だって、中にはいる。この空間には、ギャンブル以外の要素が存在しない。勝ちと負けしかない。ここから去って初めて、勝利と敗北は、ギャンブラーの肩に重く圧し掛かるのだ。
 何も考えたくない。そういう願いがトカナに有ったのか、今以て不明だが、確かにここなら、亡き母・イメの事を思い出さずに、悦楽に耽り続ける事が出来たのかな、などと考えてしまう。
 やがて一同は漆黒の扉を潜り、静かな部屋へと通された。周囲は光源が少なく、部屋の中央に有る大きな丸テーブルだけが、静かに照らされている。
 アヤツは奥の席に座り、ミコトに手前の席を勧める。
 ミコトが着席すると、対面するアヤツが、丸テーブルの上に絵札を並べた。
「――魔法賭博、と言う名称から、ギャンブラーの間では、魔族のギャンブル、と言う意味合いで受け取られがちですが、その中身は人族のギャンブルと同じ――いえ、単純に、運に全てを委ねるギャンブルです」
 並べた絵札の数は、五十枚。鍬、剣、城、心、人の五種類のイラストが描かれた絵札が、それぞれ一から十まで用意されている。
 それをミコトに確認させてから、それらを全て纏め、絵札をシャッフルする。裏面を上にして、一枚、丸テーブルの上に置く。
 当然、丸テーブルに置かれた絵札の絵柄及び数字は、ミコトには確認不可能だ。
 どうするのかとミコトが見守っていると、アヤツは纏めた絵札をテーブルに置くと、両腕を広げて、ミコトを迎えるように大仰に告げた。
「このギャンブルはとても単純です。何せ、“この絵札の数字を当てれば良い”、ただそれだけですから」
「……五十枚の絵札から、数字だけを当てれば、良いのか?」
 絵柄が違うものも同一で判定されるなら、確率は十分の一。分が悪い賭けと言えるが、ルールはそれだけではあるまい。そう思ってミコトが説明を待っていると、アヤツは小さく首肯を返して、説明を続けた。
「絵柄が、五種類有りましたよね? 鍬、剣、城、心、人。この絵柄には、数字の二桁目を割り振ります。鍬は、ゼロ。剣は、一。城は、二。心は、三。人は、四。即ち――剣の四なら、十四。心の九なら、三十九、人の十なら、五十、と言った具合ですね」
「……つまり、五十分の一の確率で、数字を当てれば、勝利なのか」
 分が悪い賭け、なんてレヴェルではない。圧倒的にディーラーが有利なギャンブルとしか言いようが無い。
 当然不服な表情を浮かべざるを得ないミコトに、アヤツは更に説明を続ける。
「勿論ジャストで当てて頂きますと、大勝利で御座いますが、当たらなくても微々たる勝利、微々たる敗北、と言うのも用意しております」と言って、絵札とは別の札を、ミコトに差し出した。それは、赤い矢印の描かれた絵札と、青い矢印を描かれた絵札だ。「ミコト様が選んだ数字は外れるかも知れません。いえ、外れる確率の方が圧倒的に高いと言う事はご承知の筈。であるため、その赤と青の矢印が描かれた絵札は、その保険となります」
「保険?」
「例えばミコト様が、二十、を、選んだとします。その時、赤の札を出したなら、二十より上なら勝利。青の札を出したなら、二十より下なら勝利、と言う計算も加わります」
「……だとしたら、あまりに分が悪いのは、あんたの方になるな」ミコトは真剣な表情で、おかしいと思う点を衝く。「だとしたら、五十を選択して、青色の札を出せば、或いは一を選択して、赤色の札を出せば、確実にギャンブラーの勝利だ。違うか?」
「えぇ、そうなります。当然、そこにもルールが介在しますので、ご安心ください」アヤツはにこりともせずに、更に説明を続ける。「選択した数字より、二十以上の誤差が有る場合も、敗北判定になります。故に、五十を選んで青の札であれば、三十以下の数字が出た場合、敗北に。一を選択して赤の札を出せば、二十以上の数字が出た場合、敗北と判定されます」
「……なるほど、それなら分かる」
 つまり、絶対に勝つ事も、絶対に負ける事も無く。ディーラーに対しての有利も、客に対しての不利も、ルール上では存在しない、と言う事になる。
「ミコト様の寿命を頂いた身としては、こういうのも心苦しいのですが――」アヤツはやはり表情筋を動かさずに、併し嬉々として事実を述べる。「このギャンブルに参加するには、三人分の寿命を必要としますが、……その分では、誰を選ぶのか、最早私が尋ねるまでも有りませんか」
 ミコトの隣に立つ、三人の家族。それに対してミコトは嬉しそうな、安心するような、納得するような、そんな笑みを浮かべて、「あぁ、それに関しては問題無い。俺には、最高の家族がいるからな」と、アヤツに対して不敵に笑いかけた。
 アヤツもそれには思わず表情筋がピクリと動いたが、すぐに無表情に戻る。
「では、最後のルールをお伝え致します。己が選んだ数字より外れれば外れるほど、寿命は削られ、近ければ近いほど、寿命が増えます。つまり、二十を選び、赤の札を出すとします。正解が十であれば、寿命は十年減り、正解が三十であれば、寿命が十年延びます。……ルールの説明は以上ですが、宜しいですか?」
 ミコトは小さく首肯を返し、アヤツも厳かに頷き返した。
「では、――どうぞ、その絵札の数字を、当ててください」
 丸テーブルの中央に、裏面を上にして鎮座する絵札。
 それを見つめたまま、ミコトは「一つ……いや、二つ、良いか?」とアヤツに声を掛けた。
「二つ? 何でしょうか?」
「俺は、三回だけ、このギャンブルをしたい。それは、構わないか?」
「勿論。どこで止められましても、私は一向に構いません。もう一つは?」
「“正解を、言わないで欲しい”」
 場にいる全員が不可解な表情を浮かべる中、アヤツが不思議そうに小首を傾げた。
「……どれだけ寿命が増減したか、知りたくない、と?」
「あぁ。本来、寿命ってそういうものだろ? 当たっても、外れても。俺はどれだけの寿命を増やして、減らしたのか、知らずに過ごしたいんだ。勿論、ギャンブルに外れて全ての寿命が失われたのだとしたら、その時は……」ミコトは瞑目した後、ゆっくりと両眼を開いた。「家族と運命を共にするってのは、怖い。けれど、勝っても負けても、俺は、家族と一緒に、ただ……皆と同じように生きたい。……ダメか?」
 アヤツは暫く何も返さずに、ジッとミコトを見つめていたが、やがて穏やかな表情で首肯を返した。
「いいえ、それはディーラーに対して不利になる要素ではありませんから。許可致しますとも。皆様も、構いませんね?」
 三人の家族は、互いに顔を見合わせると、しっかりと首肯を返して、微笑んだ。
 ミコトはそれを確認すると大きく深呼吸して――――アヤツを見据えた。
 最後のギャンブルは、そうして幕を開け――――五分と経たずに、一同は賭博場の外に戻って来ていた。
 数字を三回選んだだけで、その場で死ぬ事は無かった四人を、オルナ達は真剣な表情で見守っていたが、四人とも、あまりに晴れやかな表情で笑い合っているのを見ていると、何とも馬鹿らしくなってくる。
 ――そうして、最後の賭けは、勝ったのか負けたのか分からないままに幕を下ろし、一同は最後の夜を、迎える事になった。
 長い長い、併したった一月にも満たない冒険の終わりが、訪れようとしていた。

【後書】
 ギャンブルの内容に関しては即興で考えた奴なので、おかしかったらそっと見なかった事にしてくだされ…w
 と言う訳で、遂に! 遂に、次回「余命一月の勇者様」最終回で御座います。約二年半、五十五回に及ぶ冒険も、遂に終幕。どうか最後までお楽しみ頂けますように!

2 件のコメント:

  1. 更新お疲れ様ですvv

    いかにも彼ららしい選択にホッとするやらハラハラするやらw
    そしてミコトくんの「“正解を、言わないで欲しい”」これです!
    わたしがここでいくら言葉を重ねても彼らの家族愛には到底太刀打ちできそうもありません。

    ついに最終回です。ずっと読みたくないなんて考えていましたが、今はなんだかとっても楽しみです。

    今回も楽しませて頂きました!
    次回も楽しみにしてますよ~vv

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    1. 感想有り難う御座います~!

      彼ららしい選択と言うのがね、これだけで(・∀・)ニヤニヤ出来る事案です!w
      すんごい固く結ばれた家族愛になりましたからね…! わたくしが言葉を尽くしても、上手く表現できるか分からない奴です…!

      そして、遂に最終回。楽しみと言って頂けて、とっても嬉しいです! 最後まで、どうかお付き合い頂けますように…!

      今回もお楽しみ頂けたようでとっても嬉しいです~!
      次回もぜひぜひお楽しみに~♪

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