2019年3月7日木曜日

【春の雪】第7話 初めての水族館【オリジナル小説】

■あらすじ
春先まで融けなかった雪のように、それは奇しくも儚く消えゆく物語。けれども何も無くなったその後に、気高き可憐な花が咲き誇る―――
※注意※2009/01/13に掲載された文章の再掲です。タイトルと本文は修正して、新規で後書を追加しております。

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■キーワード
青春 恋愛 ファンタジー ライトノベル


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■第7話

第7話 初めての水族館


 デート当日。
 予定の時間より三十分早くに家を出て、待ち合わせ場所の駅前へと急ぐ。急ぐ必要は無い筈なのに、気が焦って勝手に早歩きになる。心臓が高鳴り過ぎて気持ちが悪い。
 生まれて初めてのデート。頭は昨日立てた計画を木端微塵に忘却してしまっている。そもそも俺に計画なんて言葉が合わないんだ、と自暴自棄になりつつも駅を目指した。
 昨日は中々寝付けなかった。本当に寝付けなくて、明日起きられなかったらどうしようと更に焦り、更に眠れなくなる。最悪の循環の中で取った俺の行動は、携帯電話の目覚まし機能を全て使って起床する、と言うものだった。流石に十回も大音量が耳元で弾ければ眼も醒める。つか、一回でバッチリ起きられた。
 気の利いた服なんて持っている筈が無かったので、いつもの普段着を羽織り、家を飛び出してきた。時間には余裕が有る筈なのに、心には一切の余裕が無かった。何に焦ってるのか、自分でも分からない。
 そして予定より三十分早く駅前に到着。休日と言う事も有り、人で賑わっている駅前だったが、すぐにその姿を見咎め――愕然とした。恋純が待っている。
 私服姿の恋純は初めて見た。夏らしい軽装だったが、露出は控えめの服装だった。清楚な雰囲気を纏った彼女は、陳腐な表現だが、そこに立つだけで絵になる。どこかに寄りかかるでもなく、炎天下に日傘も差さず、待ち合わせに選んだ時計台の下でぽつねんと佇んでいた。
 俺は慌てて駆け寄り、声を掛けた。
「悪い、待たせたかっ?」
「あ、二位君」
 走って来た俺に気づき、微笑を向ける恋純。自然な挙措の筈なのに、たったそれだけで俺の心臓は跳ね上がる。
 走って来たためだけじゃない胸の高鳴りを抑え、俺は乱れた呼吸を整えつつ恋純に話しかけた。
「お前、来るの早過ぎねえか?」
「あはは、……何か、待ちきれなくて」
 待ちきれなくて、俺を待ってたのか……? ……説明は出来ないけど、俺にはその気持ちが何と無く分かるような気がした。
 俺はその場で後頭部を掻いて、体裁悪く苦笑する。
「どれ位、待ったんだ? まだ三十分前だぜ?」
「え? ……わたしも今来た所です。そんなに待ってませんよ?」
「そっか。……でも、嘘は吐くなよ? 日射病になんかなったら、俺、本気で立ち直れねえぞ」
「あははっ。大丈夫です。折角のデートなんですもん、死んでも倒れません♪」
 ニコッと華やぐ恋純。俺の心臓は高鳴りっ放しだった。
 そうして始まった初めてのデート。俺は今日が最高の一日になるように、本気で神様に願ったりもしていた。

◇◆◇◆◇

 市内を走るバスの中は休日と言う事も有ってか満員御礼だった。鮨詰め状態で俺は何とか恋純のためにスペースを確保する。自然、恋純は俺の胸の中にすっぽり納まる形になる。
「……」
「大丈夫か? キツくないか?」
 体を押しつけ合ってる状態は、本当に気が触れそうな感じがした。柔らかな感触が胸に当てられ、鼓動を聞かれていないかと半ば本気で心配していた。
 恋純は小さく頷いて返事し、そのままバスは市内をぐるりと回り始める。
 やがてバスは水族館前で停車し、俺は人込みを掻き分けて下車した。その後ろを恋純が慌てて追って来る。
 炎天下のアスファルトの上に降り立つと、そこには――――
「ここが……」
「水族館……なんですね」
 周囲の人間はどう思ったか知らないが、俺と恋純は確かにその建物を見て感動していた。初めて訪れた建物。そして、俺の中では一生訪れないと思っていた場所。魚の形をしたモニュメントが掲げられた、大きな建物……校舎や体育館とは比較できない規模を誇る建造物に、暫し言葉を失った。
 自然と恋純に視線を下ろすと、恋純も俺を見つめていた。二人して噴き出して、訳も分からず笑い出す。さも変人と見られた事だろう。俺も何がおかしかったのか分からなかった。
 笑いの衝動が納まると、俺は恋純と共に水族館へ向かう事にした。――その時、
「……あの、」
 立ち止まって動かない恋純を振り返ると、恥ずかしそうに俯いている彼女を発見した。どうしたんだろうと駆け寄ると、
「――手、繋ぎませんか……?」
「――――」
 瞬間、頭が沸騰する。
 ンな恥ずかしい事――! と叫びそうになるのをグッと堪え、俺は何度か口を無言で開閉させ、……それから、ゴクリと喉を蠕動させる。
「……良いぜっ」
 変に声が上擦ったように感じたが、後の祭りだと思い、構わず俺は強引に恋純の手を取った。柔らかな、指と指が触れ合う。
「あ……」
「……行くぞ」
「……はい」
 頭から炎が出るほど緊張して、……でも、その手だけは離せなかった。
 離したくなかった。……子供か俺は。

◇◆◇◆◇

「わー……お魚さんで一杯ですよ二位君!」
 水族館の中は、確かに大量の魚で埋め尽くされていた。どこを見ても魚・魚・魚のオンパレード。色んな種類の魚を見られる場所に来たのが初めての俺には、どれもが新鮮に映る。場所に因っては天井や床下に水槽が設けられ、行った事は無いが、まるで海の中にでもいるような気分にさせる。恋純と似たような高揚感を帯び、俺も興奮気味に薄暗い館内を歩き回る。そして指を差して興奮が冷め遣らぬままに声を上げる。
「すげーな。お、こっちにはトゲトゲの魚がいるぞ!」
「あ、ホントですね! あ、あっちに可愛いお魚さんがいます!」
 本当に子供みたいな反応をする俺達を奇異の眼で見送るお客様達。済みませんねぇ、こういう所に来るのは本当に初めてなもので。
 あちこち見て回り、色んな魚を堪能した後は、小さなカフェテラスに入ってアイスを頼んだ。
「……なぁ、思ったんだよ恋純」
「はい? 何ですか、二位君」
「俺達、恋人同士……だよな?」
 事実を言っただけの筈なのに、凄く気恥ずかしくて、自然と声が潜まる俺。
 恋純も急にそんな事を言われたからか、ちょっぴり頬を桜色に染めて、小さく頷くだけだった。
「じゃあ、さ……呼び方、変えないか?」
「呼び方……ですか?」
「おう。何かさ、付き合ってるのに名字で呼び合うのって、その……おかしいと、思うんだ」
 と言うか、おかしいと言われたんだ。美森と空冴に。
 その事実だけは伏せて、俺は話を続けた。
「その……良かったら、名前で呼び合わないか?」
「あ……」
 また赤面して俯く恋純。俺も自然と視線を宙に彷徨わせる。
 暫し気まずい沈黙が流れて、俺は慌てて付け足す。
「や、嫌なら良いんだ嫌ならっ、今のままでも――」
「……えと、じゃあ……一非、君……?」
「――――」
 本気で顔から火が出るような錯覚を感じた。そう言われるとは思ってなかった、なんて言えば完全に嘘になるが、面と向かって言われると、急に恥ずかしくなった。
 俺は視線を恋純に合わせられなくて、宙に彷徨わせたまま暫らく何も言えなかった。
「……一非君?」
「あ、お、おう。な、何だ?」
「一非君にも、……呼んで欲しいです」
「……あ、おう」
 頷いて、カラカラの喉から、何とか声を絞り出す。心臓が破裂するかと思う程に、バクバクと暴れている。
「さ、咲結……」
「……」
 ……あれ? 反応が、無い……? 
 俺は顔を上げて、恋純――咲結を見据える。咲結も、俺と同じく顔を真っ赤にして俯いていた。
「……咲結?」
「――あっ、はい! な、何ですか?」
「――――ぷっ」
 思わず噴き出し、――爆笑。
「な、何ですか。何なんですか、一非君!」
 言いながら咲結も笑い出していた。よく分からないのに、笑っていた。
 何だか、何でも無い事が面白くて、楽しくて仕方ない。
 俺は今、確かに幸せを感じていた。

◇◆◇◆◇

 その後。俺と咲結は時間を見計らってイルカのショーを見に行った。
 早めに行けば空いていたんだろうが、今や観客席は完全に人で埋まっていた。
 会場の造りの関係で一番後ろの方にいる俺達では、客の壁に阻まれてイルカのいる水槽が全く見えなかった。俺でさえ、背伸びしてやっと見えるレベル。……客に優しくない会場としか思えない。設計に問題が有ると思わざるを得なかった。
「一非君、これじゃ見られそうにありませんね……」
 残念そうに呟く咲結を見て、俺は一念発起する。
「咲結。――乗れ」
 屈んで肩に乗るように合図する俺。肩車だ。
 咲結は慌てて首を振った。手も何度も振る。
「だっ、ダメですっ! わたし、重いから……」
「心配すんな、俺、咲結なら担げそうな気がするんだ」
「とっ、とにかくダメですっ!」
 赤面して否定しまくる咲結。
 ――その時、イルカのショーが始まる笛の音が鳴った。
 俺は形振り構わず咲結の足を引っ掴み、――一気に持ち上げた。
「ふんぬ!」
「うひゃあ! いっ、一非君っ!?」
 肩車された咲結が動揺した声を上げていたが、俺は構わず会場の方を指差す。
「ほら、咲結! 見えるか? 見えるか!?」
「み、見えるけど……お、下ろして下さい、一非君っ」
「心配すんな! 終わるまでそこで見てろ! 俺の事は気にすんな!」
「で、でも……っ」
「良いから!」
 咲結は渋々、と言った感じで諦めたようだったが、――すぐに歓喜の声を上げ始める。俺には見えないが、アナウンスや観客の反応から、イルカが飛び跳ねたり輪を潜ったりしたのが分かった。見えないのがとても惜しいが、咲結が楽しめたならそれで俺は満足だ。
 五分ほど経って、ショーは終わりを告げた。観客の割れんばかりの拍手が湧き起こり、漣のように観客が出口から帰って行くのが分かった。
 俺は咲結を下ろして、感想を聞いてみる。
「凄かったんですよ! イルカさんがですね……」と身振り手振りで教えてくれたが、生憎俺にはあまり伝わらなかった。それでも如何に咲結が感動したのかはヒシヒシと伝わってくる。
「良かったな、咲結」
 頭をくしゃっと撫でると、咲結は嬉しそうに俺の手に自分の手を重ねた。
「はい! ……また、来たくなりました」
「そうだな。……また、二人で来ような?」
「あ……はいっ」
 はにかんだ顔の咲結が俺の脳髄に刻まれたような気がした。……もう一度、この笑顔が見られるのなら、無理してでも来たいな、と思った。

◇◆◇◆◇

 水族館を後にした俺達は再びバスに乗り込み、駅前まで揺られていた。帰りのバスは時間帯がそうなのか比較的空いていて、俺と咲結は二人掛けの椅子に並んで腰掛けていた。
「楽しかったか、咲結?」
「……」
 小声で話しかけたが、反応が無い。気分でも悪いのかと思って視線を向けると、――
「……すぅ」
 ――俺の肩に、咲結の小さな頭が乗っかってきて、俺の心臓が刹那的に爆発する。
 すぐに分かったが、咲結は眠っていた。アレだけ騒いでいたんだ、きっと疲れたんだろう、と俺は思い至り、その柔らかな髪を小さく撫でた。
「ん……」
 可愛い寝顔を曝す咲結に、俺はずっと見ていたいなと思って、敢えて駅前に着くまで起こさなかった。とても澄んだ心でその横顔を見つめる。
 ……咲結は、本当に俺の彼女なんだよな……。
 未だにその事実が頭の中で理解しきれていないような気がする。本当に俺が咲結の恋人で良いのか? 咲結ならもっと良い奴を見つけられるんじゃ……そんな気さえする。
 ……だけど、今の現実を俺は凄く嬉しくも感じていた。俺なんかがこんなに幸せで良いのか。本当に嘘じゃないんだろうか。怖くて、でもそれ以上に嬉しくて、心が飛んでいる。
「……一非君?」
 ぽそ、と呟かれた声で、俺は現実に引き戻された。閉じていた瞼が開き、咲結が俺を見てキョトンとしている。
「起きたか? そろそろ駅だぞ」
「……どうして起こしてくれなかったんです?」
 ムスッとした顔で呟いてくる咲結がまた可愛く見えて、俺はつい本音をポロリ。
「可愛かったから」
「…………」
 真っ赤になって顔を背ける咲結。耳の先まで真っ赤なのがよく分かる。
「……一非君は、意地悪です……」
 そんな呟きが聞こえてきた。それも可愛いなんて言ったら、何と言われるやら。

◇◆◇◆◇

 バスは終着点――駅前に辿り着き、咲結と一緒に下車する。
「今日はとても楽しかったです!」
 華やぐ咲結を見て、俺もかなりの満足感を得ていた。
「ああ、俺も楽しかった。……それと、今日一日付き合ってくれてありがとな」
「そんなっ、良いんですよ! ……それに、ですね、その……わたし達、恋人同士なんです、し……」
 まだその単語には抵抗が有るのか、声を潜めながら呟く咲結。
 俺はそんな咲結が可愛過ぎて、気づくと頭をクシャクシャにしてしまっていた。
「じゃあ、また月曜にな」
「はい! ……では、おやすみなさい、……一非君」
「ああ、おやすみ、……咲結」
 二人してまだ抵抗の有る呼び名を呼び合って、二人同時に顔を赤くして、……二人同時に笑い合って。
 そうして初めてのデートは終わりを告げた。
 俺にとっての最高の一日は、こうして幕を下ろしたのだった。

【後書】
 もうひたすら甘々の妄想を詰め込んだ砂糖菓子仕様です(^ω^) 恥ずかしいを通り越してニヤニヤが止まらない奴でしたね!(笑)
 いやー併し青いですな!w もうそれしか言葉が出てきませぬ!w と言う訳で次回もお楽しみに~♪

2 件のコメント:

  1. 更新お疲れ様ですvv

    ぁあ~なんともまぁ甘いですw
    アイスクリームにお砂糖ぶっかけてその上から蜂蜜を…
    そんな感じの甘々な二人。
    ちょっとうらやましくもあり、もーお幸せに~あとは勝手にやっててちょうだいーみたいなw

    ほんと青いやw
    咲結ちゃんのうれしそうな笑顔が見に浮かぶんだぜw

    今回も楽しませて頂きましたー
    次回も楽しみにしてますよーvv

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    1. 感想有り難う御座います~!

      甘々ですよね!w
      ひえぇwwそれは甘みの暴力過ぎますねww
      ですですww「もーお幸せに~あとは勝手にやっててちょうだいー」と言うのはまさにって感じですww 同じ想いで二人を見守っておりまするww

      青いですよね…!w
      やったぜ!w うれしそうな笑顔が浮かぶぐらいの幸せをお届けできた事が嬉しいのなんのってw

      今回もお楽しみ頂けたようでとっても嬉しいです~!
      次回もぜひぜひお楽しみに~♪

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