2019年4月11日木曜日

【春の雪】第12話 存在の消失【オリジナル小説】

■あらすじ
春先まで融けなかった雪のように、それは奇しくも儚く消えゆく物語。けれども何も無くなったその後に、気高き可憐な花が咲き誇る―――
※注意※2009/01/18に掲載された文章の再掲です。タイトルと本文は修正して、新規で後書を追加しております。

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■キーワード
青春 恋愛 ファンタジー ライトノベル


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■第12話

第12話 存在の消失


     ■咲結■


 八月を迎えた時には、既にもう予定の殆どを熟していた。
 海へ行った。動物園にも、遊園地にも行った。残すは、一非君家のお泊り会だけ。
 そして、それも今日、無事終えようとしていた。
「ごめんね、咲結ちゃん。むさ苦しい所で」
 一非君のお父さん――兆(きざし)さんが微笑を浮かべながら麦茶を持ってくる。
 わたしは「いいえ、そんなっ」と言いながら会釈を返した。
 ここは一非君の部屋。そして、わたしと一非君以外は、誰もいない。
 二人きりの室内で、一非君も緊張しているみたいだった。――無論、わたしもだ。
 何故二人しかいないのか。わたしには疑問だった。
 本来ならば、一非君の家で待ち合わせする筈だったのに、二人とも時間になっても来なかったのである。
 暫らくして星織君から連絡が入り、今日は来られない、と言う旨が伝えられた。同時に美森ちゃんが行けなくなった事を一非君に伝えたらしい。
 そんな訳で、今日のお泊り会はわたしと一非君の二人きりになったのである。
「……えと、一非君、何します?」
 正直、何も無い部屋だなぁ、って感じた。一非君位の男の子――高校生位の男の子なら、プラモデルとかゲームとか漫画とか、或いはパソコンとかラジコンとかCDとか、色んな物が在ると思っていたけど、予想に反して一非君の部屋には殆ど物らしい物が置いてなかった。在るのは、勉強机とベッド。本棚すら無く、部屋は閑散としていた。
 こんな部屋で、いつもどんな事をしてるんだろう? 
「……ちょっと、確認したい事が有るんだけど、……良いか?」
 ――嫌な予感がする、声音だった。
 わたしの本能が告げている。とても、危うげな空気だと。
 一非君を見つめると、彼はとても真摯な表情で、――何かに怯えているような表情で、わたしの返答をただ、怖がりながらも、待ち侘びていた。
「何ですか……?」
 きっとわたしの声は震えていた。一非君のこれから紡ぎ出される言葉に。今から語られる、その続きに。
「……出掛けないか?」

◇◆◇◆◇

 入場門で一非君が買ってきた券を使って入場を果たすと、流石に夏休みだけあって、テーマパークとしてのプライドは捨てていないようで、昼を過ぎた今でもかなりの賑わいを見せていた。
 一非君が選んだそのテーマパークは、以前一非君と、そして星織君と美森ちゃんの四人で訪れた、遊園地と動物園が一体になっている、かなり大規模な娯楽施設だった。
 その周囲を見渡す一非君の表情には、辛うじて分かる程度の疲労と、――見た事も無い感情が渦巻いているのが窺えた。
「……本当に、大丈夫なんですか? 一非君……」
 心配げにその体に寄り添おうとすると、――明確な拒絶の意志を窺わせる動きで、わたしの手を、優しくではあったが、――振り払った。
「ぁ……」
 その瞬間、わたしは見た。まるで、自分の手が振り払われたように胸を軋ませている、歯を食い縛るような一非君の顔を。
 僅かな空白の間が流れ、辺りに再び喧騒が戻る頃、一非君はわたしから顔を逸らすように視線を背け、「……行こう」と歩き始める。
 ……わたしには、分かってしまった。
 ここで、――幸福が、終わるのだと。

◇◆◇◆◇

 その後も、何度もわたしは一非君を元気付けようと、あれやこれやと励ましたり、声を掛けたりしたが、全て裏目に回り、全部が逆効果のように感じられた。一非君が徐々に離れていく感覚が遂に現実のものと化す、その間際。
 一非君が不意に頭上を仰ぎ、――観覧車を見つめ、呟いた。
「……咲結。最後に、あれに乗らないか?」
 それは、……本当に、最後になるの……?
 今になって、涙が込み上げてきて、わたしはそれを何とか隠そうとして、……上手く出来なかった。ボロボロと、熱い雫がせり上がってくる。
「――わたしじゃ、ダメなんですか……っ?」
 心を蝕むような本音が喉を迸って漏れ出たけど、わたしにはそれを止めるだけの力が残されていなかった。
 熱い雫と共に、胸から暗い感情が鎌首を擡げ始める。
「わたし、一非君と一緒にいちゃ、いけないんですか……っ?」
「……咲結」
「教えて下さい! わたしの何がいけなかったんですか? どこを治せば良いですか? どうすれば一非君と別れなくて済みますか!?」
 苦しかった。胸が張り裂けそうだった。
 周囲の環視なんて、一切視界に入らなかった。ただ、一非君の姿だけが――
 ――何かを耐えるように歯を食い縛る、まるで決壊寸前のダムのような空気を孕んだ、一非君の姿だけが、映っていた。
「――――ぇ?」
 酷く、辛そうだった。世の絶望を全身に受け、身に宿しながらも尚、必死に生きようともがく聖人のように、酷く、痛ましげだった。
 ひたすら感情という名の激流を堰き止めるために固く結んだ一文字の口が、震えながらも、必死に動きを抑えて、――開く。
「…………ごめん」
 それは――火を見るより明らかな、……拒絶、だった。
 厳然と叩きつけられた現実に、わたしは二の句を継げられない。ただ、滲む視界に、痛ましげな一非君の顔を浮かべ続けるだけ。
 ……一非君は、わたしに本当の恋を気づかせてくれた、……恩人とさえ呼べる人だ。
 この人になら、わたしは付いていける。この人となら、一緒に歩いていける。
 この人となら、ずっと、同じ所に立っていられる。
 ……そう、思っていた。そしてそれは一非君も同じだと、ずっと、勘違いをしてた。
「――……どう、して」
 涙が、感情の濁流が止まらない。
 ただひたすら感情を拭い流し、心の中身が抜けていくような錯覚を感じていた。
「…………ごめん」
「……お願いです……っ、……一非君……っ、……わたし―――っ」
「…………ごめん」
 ……もう、ダメなんですか?
 もう、あの幸せな時間は、二度と訪れる事は、無いんですか……?
 あれは……一非君にとって、幸せじゃなかったの……?
 わたしだけの、錯覚だったの……?
 わたしだけが勘違いしていた、夢でしかなかったの?
「…………ごめん」
 ――わたしに視線を向けようともせず、血を吐くように、紡がれる――断罪。
 もう、その瞳にわたしが映る事は、無いんですね……?
「――――っ」
 気づくと、――もうその場には留まっていられなかった。
 走り彷徨って、気づいたら自室のベッドに蹲っていて、時間の感覚が無くなる位に、泣き続けた。
 朝なんて来なければ良い、明日なんて来なければ良いと、本気で心の底から願った、悪夢の夜の始まりだった。

◇◆◇◆◇

 ……そうだ、死のう、と思った。
 時刻は分からない。ベッドから起き上がると、周囲は完全に闇に落ち、カーテンが閉め切られた室内に光源は無く、凝然とした沈黙に充ち満ちていた。
 ぼんやりとした頭で、どうやって死のうか考えを巡らせる。あの時みたいに高い所から飛び降りれば、今度こそ死ねるだろうか。それとも、首筋に刃物を滑らせて、失血死した方が手っ取り早いだろうか。
 もそ、と起き上がり、どうしようか悩んだ末、――机の上に在る筈の、剃刀を探す事にした。
 闇に落ちた室内で、その品だけを探すのは難しかった。電灯を点ければ一目瞭然だったのに、何故かわたしは電灯のスイッチに手を伸ばせなかった。……何か、見えてはいけないものが見えてしまう気がして、わたしは必死に自分に言い聞かせて、ひたすら暗闇に手を伸ばす。
 かた、と、手に何かが触れる。
 その、瞬間だった。何の因果か、雲間に隠れていた月が姿を現し、更にカーテンの外側から室内を普く照らし出し――
 それを、わたしの視界に、喰い込ませた。
「…………ぁ」
 ――写真、だった。
 先日、鬼野先生に連れて行って貰った、初めて海に行った時に撮って貰った写真。
 中央に先生が踏ん反り返って座り、隣にわたしがチョコンと座り込み、その逆サイドでは美森ちゃんがピースサインを出してニンマリ笑顔を浮かべ、その背後では星織君が澄ました顔で確りカメラ目線で立っている。
 ――違和を、感じた。それは、身震いとなってわたしに寒気を覚えさせる程の、違和。
 何かがおかしい。わたしは剃刀を探す手を止め、その写真立てを手に取ると、じっくり見つめ直す。月明かりに照らされた一枚の写真は、ただただ不気味な色を滲ませ、――わたしに恐怖を与える。
「…………え?」
 気づいた刹那、わたしは自分の眼を疑った。そして同時に、嫌な予感が胸に去来した。
 凄絶な気持ち悪さを覚えて、胸を押さえながらも、わたしは必死に探した。彼を――一番大事な、彼の姿を。
 併し――わたしの網膜にその姿を捉える事は、最後まで、……叶わなかった。
「―――うそ……」
 何で、――映ってないの?
 確かにあの時、彼も写真に映っていた。現に、わたしは彼が映っていて、その中でも一番映りの良い写真を、ここに立て掛けておいたのだ。それは、間違いないのに。
 どうしても彼の姿が――一非君の姿だけが、見つからなかった。
 意味が分からない。何が起こっているのか、皆目見当が付かない。
 ただ分かるのは、何かがおかしいという事。わたしは、とても大事な、何かを見落としている。
 わたしは深夜だと言う事も構わず、一非君の携帯に電話を掛けようと思った。携帯電話を探し出し、すぐに電話帳からその名前を探そうとして――
 動きが、凍結した。
「……名前が、無い……?」
 登録されていた筈の、一非君の名前が、無い。どこにも見当たらない。
 わたしは確かに、一非君のアドレスを登録していた。だが、電話番号も、メルアドも、そもそもその名前すら、名簿には記載されていない。
 そんな人物は、初めからいなかったとでも言うように。
 ――…………ごめん。
 あの時。
 何で一非君は、何も言わなかったの?
 別れると言う旨を、彼は話さなかった。それ所か、彼はただ謝るだけで、一言も別れるとは口にしなかった。
 でも……逆に彼は、一度も弁明しなかった。わたしが別れだと思い込んでヒステリックになっても、ただただ彼は、謝り続けた。
 ……あれは、本当に別れ話だったの?
 ただの勘違いかも知れない。思い込みかも知れない。それでも良かった。理由なんて、この際無くても良いとさえ思った。
 ただ今は――逢わなければ。そう頭が、本能が、わたしの全てが、叫んでいた。

【後書】
 と言う訳でここから満を持してふぁんたじぃ展開です! 不穏の塊が遂に実体化してしまった奴ですが、果たして一非君はどうなってしまったのか…?
 今回はひたすら胸が軋むかと思いますが、もう暫く続きます…! 頑張ってね…!w と言う訳で次回もお楽しみに~♪

2 件のコメント:

  1. 更新お疲れ様です。

    意を決して読み始めましたが、予想を遥かに上回る不穏に戸惑っております。
    一非君のなにか覚悟をしたような言動、咲結ちゃんが見た写真、消えてしまった連絡先…
    頭上にはてなマークをいっぱい並べながら、これから起こるであろう事を予想することすら苦しいです。

    ついていけるかな?

    今回も楽しませて頂きました。
    次回も楽しみにしてます。

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    1. 感想有り難う御座います~!

      不穏の塊みたいな回ですからね今回のお話…!
      この謎は割と早い段階で明らかになりますし、その苦しさも早い段階で変換する…筈です。たぶん。

      後半に行くに従ってしんどいシーンが増えてくるのがね、わたくしの作風でも有りますので、その…頑張ってついてきてくださいとしか…!

      今回もお楽しみ頂けたようで嬉しいです…!
      次回もお楽しみに!

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