2019年4月18日木曜日

【春の雪】第13話 別れの決断【オリジナル小説】

■あらすじ
春先まで融けなかった雪のように、それは奇しくも儚く消えゆく物語。けれども何も無くなったその後に、気高き可憐な花が咲き誇る―――
※注意※2009/01/19に掲載された文章の再掲です。タイトルと本文は修正して、新規で後書を追加しております。

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■キーワード
青春 恋愛 ファンタジー ライトノベル


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■第12話

第13話 別れの決断


 闇に沈む町を走り抜け、ただ自分の記憶だけを頼りに一非君の家へと直走った。
 どれだけ息が切れても、どれだけ胸が張り裂けそうになっても、どれだけ足が千切れそうになっても。
 わたしは止まれなかった。今すぐ逢いたい衝動に駆られて、止まってる暇なんて無かった。
「はぁ――、はぁ――、はぁ――、」
 体育の時間以外でこんなに走った事は無かった。すぐに息が上がり、胸が苦しくなった。それでも体を休める選択肢は無い。今はただ、彼に逢わなければならなかった。
 何度か一非君の家に足を運んで、道は大体、憶えているつもりだった。それでも、夜の町と言ういつもとは違う状況だからだろうか、何度か道に迷い、何度も軌道修正して、そして――――
「はぁ――――、はぁ――――、はぁ――――、は」
 ……辿り、着いた。
 一切の灯りが途絶えた民家に、生気は感じられなかった。まるで、何年も前から廃虚だったかのような趣を湛え、わたしに更なる恐怖と寒気を与えたが、わたしは一握りの勇気を振り絞り、――呼び鈴を、鳴らす。
 こーん。やけに乾いた音を響かせ、……反響もせずに、沈黙へと消えた。
 誰かが出てくる気配は無い。同時に、人の気配がまるで感じられなかった。
 こーん、こーん。再び押し直し、それでも出てこない事に僅かな恐怖を感じ、扉を直にノックする。
「一非君!? 済みません、どなたかいらっしゃいませんか! 済みません!!」
 ドンドンと扉を何度殴っても、返ってくるのは無機質な静寂だけだった。
 時間の経過と共に膨れ上がる鈍い怖気に、涙が込み上げてきた、その時だった。
「――君。そこで何をしている?」
 それは、背後からの声だった。
 振り返ると、――一目で分かった。警察官だ。
「近所迷惑だろう、こっちへ来なさい」
「え、あ、違うんですっ、これは……!」
「良いから来なさい。こんな時間に何をしている? 家の住所と電話番号は?」
 つかつかと無遠慮に歩み寄って来る警察官に迫られ、わたしは更なる恐怖を覚え――
「――おや、どうしたんだい?」
 声が。
 返ってこないと思っていた声が、温かみの有る明かりと共に投げかけられた。
 震えながら振り返ると、――そこには、一非君のお父さん、兆さんの姿が有った。
「お知り合いですか?」
 警察の方が訝しげにわたしと兆さんを視線で行き来する。
 兆さんは人当たりの良い微笑を浮かべて、「ええ」と応じる。
「……こんな時間に子供を外に出しているとは、感心しませんね」
「済みません、言い聞かせておきますから」
「……それでは、自分はこれで」
 警察官は停めてあった自転車に跨り、すー……と闇に包まれた路地に消えて行った。
 あまりの展開に、わたしは最早立っている事も叶わず、その場に崩れ落ち、今度は安堵を感じて、さっきとは別の涙が込み上げてきた。
「おや、そんな所に座っていたら風邪を引いてしまうよ。――麦茶で良いかな?」
 ニッコリと微笑みかける兆さんを見て、――もう、限界だった。
 心が決壊し、瞳から止め処なく感情が零れ落ちたのは、次の瞬間だった。

◇◆◇◆◇

「……落ち着いたかい?」
「…………はい」
 差し出された麦茶をそのままに、ティッシュを何度も使って鼻をかむと、ようやく涙声ながら言葉を返す事が出来た。……酷く、焦燥に駆られた声だった。
 兆さんは、……変な言い方だけど、いる。ちゃんと、ここにいる。幽霊とか、そういうものじゃないと、思う。……でも、一非君は? 一非君も――いるんだよ、ね?
 逸る気持ちを抑えて、わたしは胸を両手できゅっと押さえて、兆さんへ面を上げた。
「――あのっ、」
「……一非の事、だね?」
 淡く微笑む兆さんは、どこか切なげでもあり、嬉しげでもあり、何より、……痛ましげに映った。
「一非君っ、消えてない、です、よね……?」
 自分で何を言ってるのか分からなかったが、それでも焦燥に駆られた喉は、勝手に言葉を走らせてしまう。
「一非君は、幽霊だとか、本当はいないとか、そんな事、無い、ですよ、ね……?」
「――――君は……」
 驚いていた。それはわたしが変な事を言ったから眉根を寄せるとかってレヴェルじゃなくて、まるで事実を言い当てられた時みたいに瞠目していた。
 その反応が、純粋に怖かった。わたしは言った後、暫らく何も言葉を継げられなかった。
 外でひぐらしの鳴く声がして、緊張した面持ちだった兆さんの顔が、不意に和らいだ。
 それはまるで、何かを諦めたような、開き直った笑顔だった。
「……そうか、君はそこまで一非を……」
「兆さん……?」
「……一非は消えても無いし、幽霊でもない。況してや、本当はいない訳でも無いよ」
 穏やかな微笑を湛え、兆さんは確かにそう告げた。
 その時、ようやくわたしの心に温かな余裕が生まれた気がした。……本当に、心の底から安堵できた。
 ……でも、だったらあの写真は一体何だったの……? どうして、一非君だけが消えてしまったんだろう……? 
 その疑念が顔に出ていたのか、兆さんは微苦笑を刷いて更に言を紡いだ。
「……君は、一非の事が、――好きかい?」
「え……?」
「いや……愚問だったね。好きでもない人の許に、心配で深夜問わずに駆けつけるなんて有り得ない、か……」
「あっ、す、済みませんっ! こんな夜更けにお邪魔しちゃって……!」
 慌てて頭を下げる。考えてみれば、どれだけ非常識な事をしちゃったんだろう。そう思うだけで顔が火照ったように熱くなるのが分かった。
「……でも、だったら尚更かな。……今も、一非に逢いたい?」
「え――あ、はい! あ、でも、今、寝てますよね……?」
 掛けてある時計に視線をやると、深夜の二時を回った頃。……どう考えても迷惑を掛けてる、わたし……。
 早く帰らないと、と思うけど、それでもわたしは、どうしても今、一非君に逢いたかった。逢って、その姿を確認したかった。
 その意を兆さんに伝えようとして――
「――起きてるよ、一非は」
 音も無く、居間に誰かが入って来たのが分かった。
 一瞬、一非君を連想したが、声が違っていた。今日、本来なら聞く筈で、でも聞く事は無いと思っていた、友達の声。
 バッと驚きのまま振り向くと、そこには、
「……星織君? どうしてここに……?」
「それは僕の台詞さ恋純さん。何故、君がここにいる?」
 聞いた事も無い、険のこもった星織くんの声。
 睨んでいる訳でも、凄んでいる訳でもない。でも――その圧倒的な存在感は、わたしを呑み込まんと言わんばかりに大口を開けて佇んでいた。
 まるで雰囲気が違っていた。いつものおちゃらけた雰囲気が完全に瓦解した、冷徹で、相手を疎ましげに思っているような嫌悪感が、表に出ている。
 そのせいか、そこに立つ人間が、わたしには一瞬、星織君には思えなかった。
「あ、の……一非君が、写真から消えたんです……。それだけじゃないんです、携帯のアドレスからも名前が消えちゃって……。わたし、怖くなって、一非君どうなっちゃったんだろうって、いても立ってもいられなくなってそれで……!」
 急き立てられるように吐露して、わたしは先刻安堵したばかりだと言うのに、もう心が砕けそうになっている自分を自覚した。早くその姿を認めたい。この漠然とした恐怖を拭い去りたい。その一心で、星織君を見つめた。
 だが、星織君は醒めた眼差しでわたしを見つめ、……その後に深く嘆息した。
「……一非も大変な奴に好かれちゃったものだな……」
「え……?」
「言い分は分かった。――だけど、君には一非に逢わせてやれないな」
 断じる星織君に、わたしは一瞬何を言われたのか理解しかねた。
「―――え……? ど、どうして、ですか……?」
「君は、一非を苦しめたいのか?」
 醒めた、酷く温度の感じられない声音に、わたしは言葉を失っていた。
 どういう意味か分からない。分からないけれど、理解しようと、自分なりの解釈で話を解そうとする。
 ……わたしが逢うと、一非君が苦しむ……の?
「……一非は、これ以上、誰かと関わり合いたくないらしい。その理由を特別に話してあげよう。彼は――病気なんだ。もう先が長くない、末期の状態の、ね。理解しろとは言わないけれど、そんな病に臥している一非に君は逢って、更にまだ苦しませたいのかい?」
「……どうして、わたしが逢うと苦しむんですか……?」
「分からないかな? もう間も無く自分はいなくなると言うのに、君は生き続けるんだよ? 自分が彼氏になったばっかりに、彼女を死んだ後まで苦しめてしまう。そうなると、一非は死ぬに死ねまい? 死ぬ間際まで苦しみ続けなければならない彼の事を想うなら、君から別れを告げるべきだ」
 厳然と告げる星織君に、わたしはイマイチ現状を掴みきれないでいた。
 一非君は、末期の病気に罹って、もう先が長くない? ……その事実が、どうしても認められなかった。
 この間まで、一緒に海にも行ってたのに。何で何の前置きも無く、そんな病気に罹ってるの?
 何かおかしい気がして、わたしは星織君の話を鵜呑みにする気になれなかった。
「う、嘘を吐かないで下さい。一非君、あんなに元気だったじゃないですか!」
「急激に悪化したんだ。何より、君は気づいているんじゃないか? 一非は君との別れ際に、いつもと違う事を言ってなかったかい?」
「あ……」
 ――…………ごめん。
 あの言葉は、そういう意味だったのか。
 あれだけの言葉に、そんな意味が込められていたのか。
「――で、でもっ、どうして一非君はその事を話してくれなかったんですか!?」
 何か助けてあげられたかも知れないのに。
 何か手伝える事が有ったかも知れないのに。
 どうして何も言わず、あんな、急に……っ。
「……話せる訳が無いじゃないか」
 ポツリと零れた星織君の吐露は、僅かに熱を帯びていた。
 激情と言っても差し支えない、煮え滾った感情を何とか冷まし、ゆっくりと吐き散らす。
「まるで同情してくれ、憐憫してくれと言わんばかりの話じゃないか。『僕は不治の病で、もう間も無く死にます』……そう言って、普通に付き合っていけるか? 言われても気を遣わない程、君は一非を適当に見れるか? 言った瞬間、もう普通の恋人の関係じゃなくなる。単なる不憫な少年と同情してくれる少女の慰め劇だ」
 烈々と紡がれる言葉は、しかし非情なまでの冷たさで吐き出され、わたしと言う心を殺していく。
 そんな事無い! ……と即座に返せない自分がいて、吐き気がした。
 どれだけ平静を装っても、絶対にわたしは一非君を心配するだろう。気遣ってしまうだろう。でもそれは、彼氏彼女の関係ではなく、病人と看護者の関係だ。もう先が長くないんだ、少しでも良い思い出を作らなきゃ……それでは『普通』の恋人関係ではいられないに違いない。
 だから、一非君は話さなかった。もう自分が死ぬと分かっていても、それをおくびにも出さず、わたしと付き合った。彼は、『普通』の恋人関係を、望んでいた。
 それが……今日――いや、もう昨日か――破綻した。一非君は体の限界を感じたのか、わたしと……別れようとした。
 ――…………ごめん。
 でも、きっとあれは別れの話じゃなかった。まだ、わたしは一非君の彼女だと思う。
 ――わたしが、……わたしから、別れ話を持ち出すまでは。
「……一非君、今も苦しんでるんですか……?」
 わたしのせいで。わたしを想って、今も……
 涙が込み上げてきて、咄嗟に力を込めて顔を上げた。泣いちゃダメだ。泣いたら、我慢できなくなる。
 星織君を睨むように見据えると、彼は幾分か和らいだ表情で静かに、――頷いた。
「……そう、ですか……」
 また俯きそうになって、――わたしは顔を上げた。
 下を向いていたら、何だか一非君に怒られそうな気がした。
 前を向いてなきゃ、呆れられそうな気がした。
「……これで、最後にします。ですから――一非君に、逢わせて下さい」
 未練も、後悔も、たくさん有る。――でも、ケジメを付けなきゃ、って思った。
 これで最後になる、って思うと胸が締めつけられそうになったけど、それでも良い。今は、一非君と話がしたい。話をして、……絶対に無理だと思うけど、諦めなければ。
 一非君の事は、誰よりも好き。でも、だからこそわたしから離れなきゃ。
 ……まだ、正直なところ決心は付いてなかった。一非君に逢った途端に、もう離れたくないって思う気もする。……だけど、それでも今は、一非君に逢いたかった。
「……本当に、これで最後にすると、誓えるかい?」
 優しげな、今までの怖いイメージが払拭されるような、いつもの星織君の声。
 わたしはそれが、最終宣告のように思えて、思わず身震いした。
 これで、最後……もう、一非君とは逢えない……
 そう思うだけで涙が込み上げてきたけど、――わたしは、顔を上げて、確りと頷いた。
「――――はい」
 それで、一非君が苦しみから解放されるなら。
 何より、好きな一非君が、それで救われるなら……
 わたしは、その道を、選ぶ。

【後書】
 流されそうになりますけど、そんな病気有るの…?? ってなりますよねこれ! そう! その病気こそがこの物語の根幹であるふぁんたじぃなのです!!
 と言う訳で、何やら不穏…と言いますか、失恋待ったなしかァ…みたいなノリですけれど、これ、わたくしの物語で初めて綴られた「純愛」ストーリーなのでね、最後の瞬間で涙腺決壊してくれる事を信じております。つまりまだここ(つд⊂)エーンポイントじゃないんです…!
 逆に言えば前回辺りから一気に心臓が破裂するようなシーンが連続する訳なので、もうほんとアレです、無理して読まないで、ゆっくり、ゆっくり消化してくれてもええんですよ…! ワシはこの話を最初から最後まで妄想した時に号泣したマンなのでね、それぐらいのヤバさは覚悟しておいてください。
 そんなこったで次回も…! 頑張ってついてきてくだされ…!w ではでは!

2 件のコメント:

  1. 更新お疲れ様です。

    少しずつ少しずつ消化して今日に至ります。
    やっぱり星織君なんですね。
    始まりも彼でした。もしかしたら終わりも彼が何かを…
    妄想膨らませつつ更に消化していきます。

    今回も楽しませて頂きました。
    次回も楽しみにしてます。

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    1. 感想有り難う御座います~!

      消化はゆっくりで大丈夫ですよ…!
      そう、やっぱり星織君なんです。
      言われてみれば確かに、始まりも星織君でしたね!
      終わりに関しても、彼が何かを握っていても不思議ではないですからね! ふんわり妄想を膨らませて、ゆっくり消化して頂きたく…!

      今回もお楽しみ頂けたようでとっても嬉しいです~!
      次回もぜひぜひお楽しみに~♪

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