2019年5月16日木曜日

【春の雪】最終話 春の雪【オリジナル小説】

■あらすじ
春先まで融けなかった雪のように、それは奇しくも儚く消えゆく物語。けれども何も無くなったその後に、気高き可憐な花が咲き誇る―――
※注意※2009/01/25に掲載された文章の再掲です。タイトルと本文は修正して、新規で後書を追加しております。

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■キーワード
青春 恋愛 ファンタジー ライトノベル


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■最終話

最終話 春の雪


 時は経ち――春がやってきた。
 路上の隅に追いやられていた雪も力尽き、徐々にその体を汚して、削り始めた頃。
 まだ花も咲いていない二位家の庭先で、咲結は一人、一仕事を終えていた。
「精が出るね、恋純――いや、二位さん、って言うべきかな?」
「――星織君!」
 振り返ると、私服姿の星織空冴の姿が映った。
 一非が消えた後、空冴も同様に姿を消したのだ。咲結が復学した時にはもう既に姿は無く、紀原美森に聞いても一非の時と同じ反応が返ってきて、咲結は愕然とした。
 だが、星織空冴は確かにそこにいた。手に、淡い紫色の可憐な花を携えて。
「……それが、一非の、……かい?」
 言い難そうに呟く空冴に咲結は微笑を返して、庭先に立てられたそれを見つめ直す。
「……わたしの勝手な妄想でしかないんですけど……一非君、何だかまだそこにいるような気がするんです。……だから、これ、お墓じゃないんですよ? えっと……『ここにいた』、って証が欲しくて……」
 はにかみながら言葉を紡ぐ咲結に、空冴は穏やかな表情で歩み寄ると、その物体――ハンカチが結ばれた棒が立てられているだけのそれに、持ってきた花を手向けた。
「……勿忘草……これを、どうしても持ってきたかったんだ。……花言葉は、」
「――『私を忘れないで』……ですよね? ……忘れませんよ、絶対に。そう、誓ったんですから」
 にこ、と華やぐ咲結に、空冴は面喰ったように瞬きし、……それから再び穏やかな表情へと戻った。
「……一非が言ってた通りだ」
「え?」
「君は強いよ。……一非がその強さに惹かれたのが、今になってよく分かる」
 立ち上がり、遠くを見据える空冴に、咲結はキョトンと小首を傾げていたが、ゆっくりと追いかけるように立ち上がり、
「今、お茶を淹れますね?」
「あ、良いよ良いよ。すぐに――」
 そこで、空冴の言葉が凍結した。その視線は咲結の腹部――少し膨らんだそこへ、集中していた。
 視線に気づいた咲結は照れたように顔を赤らめると、慌てて立ち去ろうとして、
「――まさか、一非の……?」
 空冴の愕然とした声を聞いて、咲結は逡巡したが、やがて――小さく、首肯した。
 驚きを一切隠さないまま空冴は瞠目し、言葉も無く立ち尽くしていた。
「……分かって、いるのか……?」
「…………」
 驚きと、苛立ち、怒りの混ざった声音で空冴が呟くが、咲結は黙したまま何も返さなかった。
「分かっているのか、君は!? その子は、どう足掻いても一非と同じ道を歩むんだぞ!? それでも産むと言うのか君は!?」
「はい」
 峻烈に、ただ一言、――肯(はい)と、咲結は告げた。
 その事実に愕然としたまま、空冴は有り得ないと、首を否と振った。
「何を考えてるんだ、君がしている事は一非に対する――」
「侮辱、とでも言うつもりですか? わたしはそうは思いません。……この子は、一非君がこの世界に残した、唯一の証なんです。――堕胎(おろ)すつもりは、微塵も有りません」
 ニッコリと、或る種の次元を超越した微笑を浮かべて自分を見据えてくる咲結に、空冴は掛ける言葉を見つけられなかった。
 ……やがて、諦めたように肩を竦めると、空冴は微苦笑を刷いた。
「……強いね、君は。……でも、忘れちゃいけない。その子も、一非と同じ道を歩む事を」
「分かっています。……その時は、星織君みたいな良い人を見つけてくれる事を祈っています♪」
 言って笑む咲結を見て、空冴は一瞬虚を衝かれた表情を浮かべた後、……敵わないな、と苦笑を滲ませるのだった。

◇◆◇◆◇

 晴れ渡った空の下、咲結は一人、一非の証の前に座り込んでいた。
 大きく膨れたお腹を、誇らしげに愛でる姿は、一端の母親の姿だった。
「……一非君、今も見守ってくれてますか?」
 零れる独白は宙へと流れ、まるで虚空へ聞かせているようにも見えた。
 ……否、彼女は誰もいない『そこ』へと、声を投げかけていた。
「わたし、頑張ってみようと思う。……だから、一非君にも、見てて欲しいの」
 最早いなくなった、でも確かにいる気がしてならない、彼への言葉。
 そこに意味なんて、価値なんて無いのかも知れない、でも――
「……忘れないよ、絶対に。だってあなたは、わたしの大切な、大切な、宝物なんだから――」
 ――俺も。
 微かに、鼓膜を撫でるような声に、咲結は僅かに表情を和らげ、それから微笑んだ。


「ずっと忘れないよ、一非君――」





 春先まで融けなかった雪のように
 それは奇しくも儚く消えゆく物語
 けれども何も無くなったその後に
 気高き可憐な花が咲き誇る―――



【春の雪】――――【完】

【後書】
 決してハッピーエンドとは言えないのですが、この物語は救いと言いますか、この子なら乗り切れるだろうな、と言う締め括りで完結しております。
 ここで綴るのも何かなとは思いますが、蛇足大好きマンなので敢えて触れますが、自殺してしまうような子ほど、裏返せば強靭な心胆を有する子だと信じて止まないのがわたくしです。なので咲結ちゃんはわたくしのキャラクターの中でも強者ポジと言いますか、実はすんごい強い精神の持ち主なんだよ、と言う事を明言しておきたくてですね…!
 ともあれ、これでこの物語は完結と相成りました。当時泣きながらネタを考えて、泣きながら綴って、泣きながら読んだ記憶が鮮明に蘇りました…w 当時の黒い職場で心神耗弱状態にあったわたくしが綴った作品ですからね、そういう意味でも読者の心に響けたのであれば、幸いです。
 あとこれはまだ形にもなってないと言いますか、まだネタの段階なのであれこれ言うのは憚られるのですが、とみちゃんの鶴の一声で、現在星織君が登場する新作のネタを練っている所です。星織君が主人公、と言う訳ではなく、今回の作品のように脇役として登場するだけなのですが、そちらの作品で彼の謎だった部分が少しでも明らかになればなーと…! そちらもわたくしのかつての作風らしく暗澹たる物語になりそうなので、もし擱筆した際には何卒お付き合い頂けますようお願い申し上げます(*- -)(*_ _)ペコリ
 さて、長々と綴りましたがこの辺で筆を擱かせて頂きまする! ここまでご愛読頂きまして、有り難う御座いました! また次回作などでお会いできるのを楽しみにしております!!

2 件のコメント:

  1. 更新お疲れ様です。

    見つけられました。素晴らしい光が。
    やっぱり強いな咲結ちゃん。

    後半になるにつれ「あらすじ」が重くのしかかってきます。
    このまま溶けずに残っていて!と思っていた雪はやはり溶けてしまいました。
    でもでも、そこには見事な花が…
    あらすじがこんな意味を持っていたとはやられました。

    十分消化したつもりでした。
    でも
    コメントしてて涙が止まりません。はやくバスタオル!

    星織君のお話も楽しみにしてます。

    本当にありがとうございました。

    今回も楽しませて頂きました。
    次回作も楽しみにしてます。

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    1. 感想有り難う御座います~!

      見つけられましたか…! 素晴らしい光…!
      そうなんです、咲結ちゃんは、強いんです…!

      あらすじがしっかり意味をなしてるのは、わたくしの作品では珍しい部類かも知れませぬな! その意味がしっかり分かって頂けただけでもすんごい嬉しいです…!

      この物語は本当に涙と切っても切り離せない作品なので、それだけ想いが溢れてるのだと思います…! それがね、わたくしは本当に嬉しいんです…!

      星織君のお話もね、ぜひ期待してお待ちください…!

      こちらこそ! 最後までお付き合い頂きまして、本当に有り難う御座いました…!

      今回もお楽しみ頂けたようでとっても嬉しいです!
      次回作も! ぜひぜひお楽しみに!

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