2019年5月2日木曜日

【春の雪】第15話 消滅の病【オリジナル小説】

■あらすじ
春先まで融けなかった雪のように、それは奇しくも儚く消えゆく物語。けれども何も無くなったその後に、気高き可憐な花が咲き誇る―――
※注意※2009/01/21に掲載された文章の再掲です。タイトルと本文は修正して、新規で後書を追加しております。

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■第15話

第15話 消滅の病


     ■咲結■


「……《存在消滅病》?」
 着替えを済ませると星織君に呼ばれ、一非君の部屋を離れて二位家の居間へと下りてきた。
 兆さんは黙々と家事を熟していて、話に参加するつもりは無いようだったので、自然にわたしと星織君だけの話し合いになった。
「そう。または《世界忘却症》とも呼ばれる病に、一非は罹ってるんだ」
「……それって、どんな病気なんですか? 眼が見えなくなるのも、それ……?」
 それ以前に、全く聞いた事の無い病気だ。そんな病気、本当に有るのか? と思った。
 星織君はそんなわたしの疑念にも構わず、真摯な面持ちでわたしの問いに応えた。
「名前の通りさ。存在が消滅する。簡単に言えば、この世界から消えてなくなる、と言う病気だよ」
「……この世界から、消える……?」
「比喩ではあるけど、言い得て妙ではあるんだ。《存在消滅病》またの名を《世界忘却症》、これに罹った発症者は、幾許かの潜伏期間を置いて、……この世界から消滅する」
 この世界から、消える……消滅する、と言われてもすぐには想像が浮かばない。
 つまり、透明人間になるんだろうか?
「それは違うよ。存在……『二位一非』という〈存在〉そのものが消滅するんだ。……もっと分かり易く説明するなら、誰も一非を認知できなくなる……つまり、忘れるんだ、一非の事を」
「忘れる……? でも、わたしや星織君は……」
「誰も、と表現したけど、正確には世界が、だね。君には見覚えが有る筈だよ? 昨日、どうしてここに訪れたのか思い出すと良い」
「あ……写真……?」
 確かに映っていた筈なのに、何故か一非君の姿だけがごっそりと消えていた写真。そして、携帯のアドレスからも消えた一非君の名前。あれは……そういう事なのだろうか。
「……でも、まだ信じられません……。何だか、非現実的過ぎます……」
 存在が消える病気なんて、聞いた事が無い。そんな変わった病気なら、ニュースでやってても不思議じゃなさそうなのに、一切耳に入った事が無い単語だった。
 星織君はどこか困った風に微苦笑を浮かべ、
「確かに、すぐに受け入れられる方が変わってると思う。……でも、事実なんだよ。一非は近い未来、この世から忘れられる」
「……でも、どうしてそんな事が分かるんですか? 一非君は確かに《存在消滅病》に罹ってるかも知れない、でもどうして発症したって分かるんです?」
 病院に行ったら発覚したとか、そんな次元じゃないと思う。そんな変わった病気、発見するのがとても困難そうだけど……どうやったら見つけられるのか、凄く疑問だった。
「……今まで疑問に感じた事は無いかい? 一非に、母親がいない事に」
「え? ――あ」
 そう言えば、今の今まで一非君にお母さんがいない事に、気づかなかった。……いや、気を回そうともしなかった。一非君の家族は、兆さんがいて完璧のように、錯覚してしまっていた。
 そして、それこそが確証でも有った。わたしは、その嫌な事実を仄めかせる星織君に、念のため、訊く。
「……もしかして、一非君のお母さんが……?」
「《存在消滅病》は基本的に伝染しない。代わりに、その直系全てに遺伝する。……一非の母親は、一非を産んで間も無く、――消えた。一非以外の証を一切残さず、何の予告も無しに、ね」
「…………」
 だから、一非君にはお母さんがいなかったんだ……
 そして、その事に誰も疑問を覚えないんだ。
 ……それは、とても切なく哀しい事だ。
「……何なら、確認してきても良いよ、恋純さん。現在進行形で世界が一非を忘れようとしている、その瞬間を」
 どこか諦念を感じさせる星織君の表情に、わたしはそれがどうしようもない現実なんだと更に思い知らされた。
 ……それでも、確認してみたいとも思う自分がいるのを自覚した。
 嘘を吐いているとは思えない。でも、頭がそれを素直に認めようとしないのも事実だった。
「……どこに行けば、分かりますか?」

◇◆◇◆◇

「……ん? おお、恋純か。どうした、今日は登校日じゃないぞ?」
「あ、えと……ちょっと訊きたい事が有って……」
 夏休み中の高校では、部活中の生徒が行き来してる位で、いつものような活気は無く、どこか澄んだ空気が辺りに漂っていた。夏らしい、少し蒸し暑い空気。
 職員室に入ると流石にエアコンが点いていた。廊下よりも大分涼しくて、汗が冷えていくのが分かった。
 すぐに探していた先生を見つけ出すと、先生――鬼野先生に先に声を掛けられた。
「訊きたい事? 恋純、宿題に関してなら私から言える事は何も無いぞ?」
「あ、その、そうじゃなくて……二位君の事を聞きたくて」
「二位?」
 キョトンと鸚鵡返しに呟く先生。そしてすぐに、
「二位……珍しい名字だな。で、どこのクラスの生徒だ?」
「――――」
 まず、絶句した。
 冗談……には、とても見えなかった。先生はマジメな顔をして、わたしの次の言葉を待っている。
 口の中が渇く。声が掠れるのを何とか防ごうと、唾を飲み下す。
「……えと、ウチのクラスの、男子だと、思うんですが……」
「ウチのクラス? ……何か勘違いしてないか? 恋純。ウチのクラスにそんな生徒はいないぞ」
 ハッキリと。
 彼の存在を、……否定されるとは、思わなかった。
 星織君の話が虚妄であったなら、どれだけ救われたか。……いや、今でも信じられない。現実として直面しても、認める事が出来ない自分がいた。
 きっと、今認めたら、……何だか、一非君がもう助からない事を認めるようで、怖かった。
 自分から一非君の存在を否定するようで、吐き気がした。
 先生はそんなわたしの様子を見て、怪訝そうに出席簿を取り出した。
「転校生もいないし……。そこまで疑うなら、特別だ、見せてやっても良いぞ」
「……済みません」
 緊張のせいで上手く返事が出来なかった。気持ち悪さで目眩を感じる中、辛うじて保たれてる理性と意識で、出席簿を捲る。
 ……それは、閲覧禁止のブラックボックスのように、見てしまったわたしに少なからぬ衝撃を与えた。
 名前が、――無い。その証拠に、『七宮』の次は『野村』になっている。その間に名前が入る余白なんて無かったし、初めからそんな空間は無かったと言わんばかりに、形跡すら残っていなかった。
 恐怖で体が震えるのが分かった。こんな事有り得ない。非現実的過ぎる。酷く、現実感が無い。
 まるで夢の世界のようだとも思った。あまりに現実感が無い現象に、思考が追いつこうとさえしない。
「……どうだ? 納得したか?」
 確認するように先生の声が掛かり、わたしは静かに出席簿を返した。
 喪失感――そして酷い倦怠感に包まれながらも、わたしは最後の抵抗とばかりに、その話題を出した。
「……先生。ついこの間、海に行きましたよね? ――五人で」
「ん? 四人だったろう? 私と星織、紀原とお前の、四人だったじゃないか」
「一非君もいましたッ!!」
 突然の咆哮に職員室が深、と静まり返る。……わたしは涙が込み上げてくるのも構わずに、先生に更に言を重ねた。
「もう一人……大事な人が、いたんです……先生だって、いつも一非君と喧嘩してたじゃないですか……っ!」
「恋純……? お前、大丈夫か? 何か遭ったのなら、話してみろ。相談に乗る位なら、私にも出来るぞ?」
「――――ッ」
 ぐ、と奥歯を噛み締め、……わたしは涙を拭って、自分でも無理矢理に笑顔を浮かべた。
「――大丈夫です。済みません、大声出しちゃって」
「ん、ああ、構わないぞ。……また、イジメでも始まっ――」
「失礼します」
 峻烈に突き放し、クルリと背中を向けて、職員室を立ち去る。
 荒々しく戸を閉め、――すぐに駆け出した。もう、涙を堪えられなかった。
 自分の教室――そして一非君の教室である三年二組へと駆け込む。
 入って、……そのまま崩れ落ちた。
 あらゆるものが、消えていた。一非君に関する全てのものが、失せていた。
 実は、職員室に行く前に、一つ確認した事が有った。それは――下足箱。生徒の名前のシールが貼られた下足箱に、当然のように一非君の名前が消えたシールが貼られていた。
 悪戯だって思いたかった。偶然だって信じたかった。でも……あんな手の込んだ悪戯、誰がするんだろう。出席簿からも名前を剥奪され、剰え先生の記憶の中からも忘却された、存在。悪ふざけの筈が、無かった。
 教室に来ても、同じだった。信じたくない現実を、まざまざと見せつけられるだけ。
 一非君のロッカーから名前が消えていた。一非君のネームプレートから名前が消えていた。一非君の備品がごっそり無くなっていた。
 一非君が、教室から忘れられていた。
「ぅ……っく、うぐ、ぅ……っ」
 有り得ない。こんな事、信じられない。だけど――実際問題、それは現実として発現している。
 ――《存在消滅病》
 存在が消えてしまう病気。世界が存在を忘れてしまう難病。何も残さない不治の病。
 ……その悍ましい病気に、一非君は罹っている。
「……どうして、一非君が……っ」
 ――病気は伝染しない。代わりにこの病気は直系にのみ発症する。
 ……一非君のお母さんが発症してしまったから、一非君も発症する……
 少しずつ、理解が追いついてくる。現実に思考が辿り着こうとする。
 それでも、……それでも、わたしは受け入れられなかった。そんな病気、有り得ない。
 ――単なる我儘だ、と分かっていた。
 一非君が愛しいあまり、直視できない現実を虚妄と信じ込もうとしているんだと、自覚もしていた。
 ……何をしても助からない、ただ消えるのを待つしかない、不治の病。
 それは癌よりも重い病気だと、わたしは思う。星織君の話によれば、《存在消滅病》に罹ると発病者に関するあらゆるものが忘却される……らしい。あらゆるもの……名前も、戸籍も、記憶も、思い出も、……存在も、全て、世界から消えてなくなる。
 それは、わたしがもう一非君を思い出せなくなる、と言う事だった。もう、想う事すら出来ない、そういう事なのだ。
 好きな人の事を、想う事すら出来ない……それは、あの頃と同じだった。
 一非君と出逢う前、わたしは暗くてあまり人と話せないイジメの対象みたいな子だった。そんな時、苛めっ子の一人がわたしの好きな人の事を吐かせて、剰えそれを聞いた彼女はわたしの想いを否定した。何であんたみたいな奴が星織君の事が好きなのよ、って。分不相応って分かんないの、って散々詰られた。
 想ってはいけない苦痛。本当は好きなのに、好きと言ってはいけない苦痛。
 でも……それすらも思い出せなくなると言う。好きな人を想う、それ以前に、好きな人を思い出せなくなる。
 怖かった。身が竦む程の闇と相対しているようで、心の底から怯えが溢れ出てきた。
 そんなの嫌だ。わたしは、ずっと一非君と一緒にいたい。一非君を好きであり続けたい!
「ぐ、ぅ……ひっ、く……っ」
 わたしは、暫らく動けなかった。何も、考えたくなかった……

【後書】
 と言う訳で実在しないファンタジーな病気の登場です!
 ところで、この【春の雪】は【空落】と同じ系列のテーマで綴っておりまして、「日逆孝介の考える至上の終わり方」みたいなテーマが有ります。もうこれだけ綴れば結末もサッパリ予想できるかと思いますが、まぁそれはそれとしてw
 なのでこの辺はわたくしの理想に準じた中二病がモリモリ表現されております。あらゆる人間の記憶から消失した時が本当の死と言いますが、それは叶う事ならば、家族や友人、愛していた相手からも、失われたいと思うのがわたくしなのです。
 そんな感じで、いよいよ物語も佳境と言いますか、クライマックスに向けて準備を着々と進めております。まだまだ涙腺決壊の波状攻撃は終わらないぜ!w そんなこったで! 次回もお楽しみに~♪

2 件のコメント:

  1. 更新お疲れ様です。

    わかってはいるのです。でも咲結ちゃんと同じでなかなか受け入れられずにいます。

    このままだと彼女まで消えてしまいそうな…
    でもそれは彼の望む結末では無いはず。
    彼女の彼を思う気持ちを思うと言葉に詰まってしまいます。
    奇跡を信じて…

    今回も楽しませて頂きました。
    次回も楽しみにしてます。





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    1. 感想有り難う御座います~!

      分かってはいても、これを受け入れるのは中々難しい問題だと思います。

      咲結ちゃんは強い子ですから、きっと消えてしまうなんて事は無い…と信じたいですね…!
      想いの強さが大きければ大きい程、胸が苦しくなるのも当然だと思いまする…!
      奇跡、どうか最後まで信じてあげてください…!

      今回もお楽しみ頂けたようでとっても嬉しいです~!
      次回もぜひぜひお楽しみに~!

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