2019年5月9日木曜日

【春の雪】第17話 忘却の進行【オリジナル小説】

■あらすじ
春先まで融けなかった雪のように、それは奇しくも儚く消えゆく物語。けれども何も無くなったその後に、気高き可憐な花が咲き誇る―――
※注意※2009/01/23に掲載された文章の再掲です。タイトルと本文は修正して、新規で後書を追加しております。

▼この作品はBlog【逆断の牢】、【カクヨム】、【小説家になろう】の三ヶ所で多重投稿されております。

■キーワード
青春 恋愛 ファンタジー ライトノベル


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■第17話

第17話 忘却の進行


     ■咲結■


 ……それからは、あっと言う間に時が過ぎた。
 夏休みが終わっても、一非君の体調が良くなる事は無かった。物が見えなくなったりする事が断続的に起こり、通学する事は出来なかった。……でも、そんな事は実は些細な事なのかも知れない。
 それは、二学期が始まった日だった。
「やっほーぅ! 元気だった咲結ちゃーん♪」
 元気溌溂と飛んで来たのは美森ちゃんだった。わたしは挨拶を返して、その後も色々と雑談に花を咲かせた。
 ……でも、二度と出る事の無い単語が、結局一度も出なかった事に落胆を禁じ得なかった。
 もう、どこにいてもその名を耳に挟む事は無い。でも、確かにいる、彼。
 わたしは叫んで皆に主張したかった。「二位一非はここにいる!」――と。
 でも、それはあまりに無理な注文だった。言ったところで誰にも理解できない。そんな人物は、彼らにはどうあっても認知されないのだ。忘れてしまった存在は、二度と彼らの中で蘇る事は無い。
 ――世界が彼を忘れていく。
 ……何れわたしもそうなってしまうのではないかと思うと、怖くて怖くて堪らなかった。
 絶対に忘れたくない。一生憶えていたい。……でも、それは願いであって絶対ではない。
 どれだけ記憶していようとも、世界が忘れてしまう事項を憶えていられる筈が無く、存在しないモノを記憶できる程、わたし達の頭は完全には出来ていない。
 時間の問題だった。いつか認知できなくなる彼の事を今、わたしは精一杯考えるしか出来ない。それがいつか無に帰しても、わたしは放棄する事が出来なかった。
 わたしは、それだけ彼が…………

◇◆◇◆◇

 学校側は既に一非君の存在を認知していない。故に登校する意味は無かった。逆にいない筈の人間が登校して来れば異常事態だ。その時の皆の反応が気になったが、何よりその時、傷つくのは一非君だと思ったので、敢えてその話はしていない。
 ……きっと、一非君自身、気づいてるんだとは思うけれど。
 ……あの後、つまり一非君に嫁ぐ意志を伝えた後、星織君が言うところの根回しにより、わたしは一非君の家で寝泊りする権利を獲得した。一応、わたしからも家族に話したが、即決だった。暗に出て行けと言われた位に、あっさりと話は解決へ向かった。
 星織君が何をしたのかは最後まで聞かなかった。彼は、わたしなんかが干渉できる相手じゃないと、今更ながら思い知った気がしたから。
 それに、固より家族はあまりわたしの事をよく思っていなかった。両親はよく喧嘩をした。わたしが小さい頃から離婚を考えていたみたいで、その度にわたしを押しつけ合っていた。いなくなってくれるのは、願ったり叶ったりだったんだろう。わたしは幼い頃からどこにも連れて行って貰えなかったが、その分、一非君達があちこち連れて行ってくれた。初めての場所ばかりだったが、彼らと共に行けたのは、わたしの中で最高の思い出となっていた。
 そうして翌日には一非君の家で、ずっと一非君の傍に居続ける事になった。
 とても、充実した日々だった。
 他愛も無い話をしたり、動けない一非君の代わりにお世話をしてあげたり、夜は一緒に寝たり……どんな些細な事でも良い、今は一非君と共に生きていたかった。
 いつの間にか夏休みが明け、わたしは学校に通い始めたけれど、片時も一非君を忘れる事は無かった。……違う。忘れたくない一心で、ずっとずっと、想い続けていた。
 そんな、或る日の事だった。
 わたしが二位家に帰宅すると、――不意に怒声が響いてきて、ビクッと体を竦ませた。
 音源は二階――一非君の部屋からのようだった。わたしは慌てて向かおうとして――
「今は行かない方が良い」
「――星織君……?」
 居間の座布団に座り込んだ星織君が、わたしに視線も向けず、背中を見せたまま言葉を紡いだ。
「……今だけは、そっとしておいてやってくれないかな……? 一非は……もう」
 ……こういう事は、何も今日が初めてじゃなかった。
 自身が消えると言う恐怖に身を縮こまらせ、辺り構わず暴れ出す行為は、とても自然なものに思えた。どうしようもない根源的な恐怖に、人は為す術が無いのだから……
 わたしは慟哭を上げ続ける一非君を想いながら、その場に膝を突いて、――祈った。
 ――どうか神様、一非君を忘れないで下さい。一非君は、わたしの掛け替えの無い大切な人なんです……っ!
 やがて慟哭は止み、兆さんが静かに下りて来た。その表情は若干憔悴しているように映る。……きっと、わたしもそんな顔をしてるんだろう、と思わずにいられなかった。
「……一非は、どうですか?」
 わたしよりも先に星織君が尋ね、兆さんがそれに対して弱々しく首を振る。
「……そうですか」
「――あの、一非君が、また何か……?」
 落胆したような星織君に代わって更に問いを重ねると、兆さんは疲れきった眼差しをこちらに向け直した。
「……動けなくなったんだ」
「え……?」
「足が、もう機能していない……歩く感覚を、忘れてしまったみたいで……」
 ――感覚を、忘れてしまった。
 一瞬、頭の中に怖気が走り、背中を寒気が駆け抜けた。怖くて、声が震えてしまう。
「それ、って―――」
「……一非は徐々に感覚を忘れていく。《存在消滅病》に罹ると、末期に近づけば近づく程、機能を忘却していく……これはまだ序章に過ぎない」
「そん、な……っ」
 わたしはふら付く足取りで一非君の部屋へ向かった。
 扉をノックすると、……返事が無かった。わたしは「一非君……?」と、か細い、震える声を掛け、扉を開けた。
 先程までの喧騒が嘘のように静まり返った室内で、一非君がベッドに蹲っていた。
 ――泣いていた。
 絶望に打ちひしがれて、徐々に蝕まれていく自身を恨みながら、嗚咽を漏らしていた。
 わたしは苦しくて、声が出てこなかった。
 何も言わずに一非君に歩み寄って、黙ってその頭を抱き締めた。
 微かに震えた一非君だったけれど、それでも涙は止まらないみたいだった。もう一切の干渉を無視して、ただ慟哭し続けていた。
「……嫌、だ……俺、まだ生きていたい……ッ、まだ咲結と一緒に……ッ。消えたく、ない……ッ」
「一非君……っ」
 怯えている。自分を蝕む、その悪夢に、心の底から……。
 わたしには、何も出来ない。ただ、お話を聞いてあげて、一緒にいてあげて、こうやって抱き締めてあげる事しか出来ない……っ。
 ――苦しい。辛い。でもそれは、抗えない現実だった。どうしようもない――現実だった。
 腕の中に、温かな、人の温もりが有った。でも……これが今、消えようとしている……無情な現実により、失われようとしている……。
 純粋に、怖かった。臓腑を締め上げるような悪寒が、全身に染み渡る。震えが止まらなくて、でも――泣いちゃダメだって、何度も言い聞かせた。
 今、一番不安なのは、一非君に違いない。自分の存在が消失しようとしている彼が一番辛くて、苦しい……それなのに、わたしまで泣き始めたら、一非君が落ち着ける筈が無い。
 必死に耐えて、一非君を抱き締め続ける。力強く、ぎゅっ、と。
 わたしの腕の中で小刻みに震え続ける一非君は、暫らくの間、慟哭し続けた。
 もう――時間が無いんだって、分かった…………

【後書】
 わたくしもつい最近経験した絶望の行軍を、まさかこの当時再現・描写していたとは露にも思いませんでしたよね。
 次回、クライマックスです。たくさんのハンカチを用意して、覚悟して読み進めてください。

4 件のコメント:

  1. 更新お疲れ様です。

    前回みえた光のせいか、今回は割と冷静にって最後にドバーッ(ToT)
    それにしても咲結ちゃんは強い。
    だから彼を選び、彼に選ばれたのかな?
    お幸せになんて口が裂けても言えないけど、強く生きてほしいです。

    やっぱり気になる星織君。最後に何を見せてくれるか…

    ハンカチ?タオルですw

    今回も楽しませて頂きました。
    次回も楽しみにしてます。

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    1. 感想有り難う御座います~!

      最後にドバーッは納得ですww 前回からのこの展開は本当に胸軋だと思いますゆえ…!w
      本当にそう思います。咲結ちゃんの強さはわたくしの作品群の中でも群を抜いてるレヴェルです。

      >だから彼を選び、彼に選ばれたのかな?
      この文章が本当に本当に堪らなく好きでモニター前でモダモダになりましたよね…!! まさにそう、その通りと言いますか、そう綴ったのがも~全部伝わってる感がして最高です…!!
      そうなんですよね、「お幸せに」なんて、言える訳が無い状況なんですけれど、強く生きて欲しい…その願いすら、通じるのか分かりませんが。

      星織君は最後に締め括ってくれる存在ですので、ぜひその姿をお見逃しなく…!

      タオルww 確かにいると思います!w たくさん用意しておいてくださいね!ww

      今回もお楽しみ頂けたようでとっても嬉しいです~!
      次回もぜひぜひお楽しみに!

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  2. もちろんバスタオルですv

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好意的なコメント以外は返信しない事が有ります、悪しからずご了承くださいませ~!