2019年7月20日土曜日

【ベルの狩猟日記】118.負けない【モンハン二次小説】

■あらすじ
守銭奴のベル、天然のフォアン、爆弾使いのザレアの三人が送る、テンヤワンヤの狩猟生活。コメディタッチなモンハン二次小説です。再々掲版です。

▼この作品はBlog【逆断の牢】、【ハーメルン】、【風雅の戯賊領】、【Pixiv】の四ヶ所で多重投稿されております。

■キーワード
モンハン モンスターハンター コメディ ギャグ 二次小説 二次創作 P2G


【ハーメルン】https://syosetu.org/novel/135726/
【Pixiv】https://www.pixiv.net/novel/series/339079
■第118話

118.負けない


 激戦を極める古龍迎撃戦も、遂に終わりの瞬間を迎えようとしていた。
 多くの猛者を食い散らかし、極限まで神経を刮げ取って行った王は、ゆっくりと踵を返し、背を向けた。
 戦場にどよめきが起こる。遂に、追い返す事が出来たのかと。歓喜の声が上がるのも時間の問題に思えた。
「…………?」
 その風景の只中に、フォアンは立っていた。見た事の有るモンスターが視界の奥で背を向け、ゆっくりと歩き出す。だが、どこでその姿を見たのか思い出せない。あんな巨大で、雄大なモンスター、見たら忘れる筈が無いのだが。そう思いながら、彼は空気が凝固したかのように息苦しい世界に足を踏み下ろした。
 気持ち悪い程に熱気が蔓延していた。噎せ返るような人間が焼け焦げた異様な臭気が大気に溶け、神経を刹那に殺ぎ落としかねない程の戦意に満ち溢れている。この場に居合わせる人間が皆、あのモンスターへ全神経を傾注しているのは感覚で理解できる。
 その視界の中に、フォアンは一人の青年を見た。鮮やかな青色の鱗と甲殻を用いた防具を身に纏った、防具同様に鮮やかな青色の素材があしらわれた大剣。その姿を視認した瞬間、フォアンは頭が痺れたようにあらゆる言語を失った。
 七年経った今でも記憶から乖離する事無く、永遠に見る事の出来なくなった後ろ姿を追い続けた、今は亡き英雄。
 どうしてここにいるのか。どうしてまだ戦っているのか。
 その表情はヘルムに覆われていて窺い知る事は叶わない。けれども分かる。――安堵している。状況が改善された事に、ようやっと地獄から解放されたと、――“油断してしまっている”。
「――――!」
 その時、フォアンは力の限り叫んでいた。これから何が再現されようとしているのか察してしまったのだ。
 夢だ。これは夢だと理解しても、こんな映像見たくなかった。
 過去に似たような夢を見た事が有る。偉大なる英雄が大いなる龍に屠られる夢。だがそれは、実体を伴わない、姿形が茫洋とした存在に英雄が呑まれて行ったり、当時知り得た限りのモンスターが無理矢理融合させられたかのような化物に英雄が惨殺されたりと、英雄が殺される事は前提でも、相手は常に理解の範疇を超えた存在だった。
 だが、今回の夢は違っていた。確りとした形を伴い、明確な殺意を有した龍が、英雄の眼前から立ち去ろう――と、“見せかけている”、その気配までもフォアンには大気を媒介に伝わってくるのだ。
「――――! ――――ッ!!」
 止めてくれと、お願いだからと、止め処無い制止の声が口腔から吐き出されているにも拘らず、その世界に音が生じる事は無かった。ただ喉が張り裂けるように痛み、激情が総身を締め上げていくばかりで、精神が過剰なまでに軋んでいく。
 英雄が、ヘルム越しに笑む気配がした。もう戦いは終わったと、彼は“誤認”している。脅威は未だ眼前に佇んでいると言うのに、いつもの彼からは信じられない程に緊張が弛緩していた。それだけ過酷な時間を過ごし、且つ精神は休息を求めていた証でも有る。――けれど、この瞬間でだけは忌避せねばならない挙措でも有った。
 フォアンは全てをかなぐり捨てる勢いで駆け出した。だが走っても走っても、英雄にも古龍にも距離が縮まらない。まるで蜃気楼を相手にしている気分だ。蜃気楼にしては確固とした質量を伴った映像を投影し続けるそのスクリーンは、やがて彼が最悪と想像したシーンへと移ろっていく。
 戦いは終わったと言わんばかりに大剣を下ろし、古龍に背を向けようとする英雄。
 何をバカな事をしてるんだ。相手はまだ戦意を失ってないだろ。気づけよバカ親父。
 声にならない絶叫を張り上げながら、フォアンは駆け続ける。無意識の内に瞳から大粒の激情の雫を振り撒きながら、懸命に英雄の元へと駆ける。どれだけ言葉を吐き出しても届かない現状にすら意識が回らなくなる程に、今のフォアンは恐慌を極めていた。
 ガムシャラに駆け抜けても、英雄との距離は永遠に縮まらない。フォアンは張り裂けそうになる心を手繰り寄せるように、全力で手を伸ばした。
 その眼前で英雄が古龍に背を向け、フォアンに顔を向けた。ヘルムを被っている筈なのに、何故かフォアンにはその表情を垣間見る事が出来た。
 清々しい笑顔。達成感に身を浸した、一仕事終えた後に浮かべられる極上の表情だ。
 もう二度と見る事の出来なくなった、愛する親父の顔だった。
「親父ィィィィイイイイイイイイイイイイイ―――――――――――――ッッッッ!!」
 声が出た。次の瞬間には、眼前の英雄が、振り返った古龍に―――――――――
 世界が暗転する。フォアンは暗闇の中に唯一人、ぽつねんと佇んでいた。
 悪夢だったのか。認識が後から追いかけてきた。今見ているのも全て、夢の続きなのか。
 どこから夢だったのか思い出せない。自分はどの段階で眠りに落ちたのかも定かではなくなっていた。重たい倦怠感が全身を覆い尽くし、真綿で締め上げられるような息苦しさを覚える。
 ふと、闇に包まれた世界に小さな花が咲いた。花弁を覗き見ると、そこには先刻見たばかりの龍が映っていた。
 聳える高さを有する肉体を見つめる自分自身が見えた。――その瞬間、その映像の先が分かってしまって目を離そうとしたが、一瞬遅かった。――紅蓮の花が咲き誇り、フォアンの肉体が火柱に包まれる。そして映像は途絶え、花はシオシオとあっと言う間に枯れた。
 ――……死んだ、のか。
 最後に見た映像を思い出して、フォアンはゆっくりと蹲った。アレだけの攻撃を受けたのだ、疾っくに冥府へ旅立っていてもおかしくは無い。今思えば、さっきから見ている映像はどれもこれも走馬灯だったのかと思えてくる。
 ――結局、親父が越えられなかった壁は、息子も越えられなかったって事か。
 そう思うと、不思議と後悔の念が押し寄せてくる事は無かった。世間が噂するように、英雄の息子は、英雄がなし得た事は当然のように出来て、英雄が出来なかった事は当然のように出来る訳が無かったのだ、と落胆と同時に納得してしまう。
 ――ふざけるなと、本能が怒りに身を震わせていた。
 だがそういう重圧から逃れるために隠居染みた行為に走り、ほとぼりが冷めた頃に戻ってきたのは事実だ。自分は英雄とは違うと何度も言い聞かせ、英雄ではない自分が出来る事を模索し続けてきた筈なのだ。
 けれど結局運命は逃がしてくれなかった。――否、運命を追いかけていたのはフォアンだった。ベル達が気づかない程度に古龍の情報を収集し、少しでも英雄が辿った軌跡を知り、そして己がその壁を踏み越えると、頑なに信じてきた。
 それは、英雄を超えた瞬間、英雄の息子として見られなくなるのではと言う甘い希望だった。
 それさえ可能になれば、もう過去を全て清算できる気がしていた。何もかもが丸く解決すると、信じて止まなかった。――だが、現実は英雄の息子の死と言う、“彼に植えつけられた常識”通りの結末になってしまった。
 だからだろう、フォアンの中に後悔の念が強く湧き上がる事は無かった。ただただ空しかった。何のために今まで狩猟に明け暮れてきたのか。ただ英雄の軌跡を辿り、その軌跡通りに死するためだけの人生だったのかと思うと、この世に生を受けた事自体が余人の知り得ぬ存在の計画だったのではないかと思わせられた。
「おい、バカ息子」
 自分の存在は無価値なモノだったと、この結末を無理矢理に納得しようと言い聞かせていたフォアンの耳に、もう七年近く聞いていなかった者の声が届いた。
 黒い球体になっていたフォアンは意識を外へ向けようとして、出来なかった。殻が厚い。もう何も見たくなかったし、聞きたくなかった。このまま死んでしまっても、それは英雄の息子として当然の帰結だったから――――
「腐ってんじゃねえよ。ったく、それでも俺の息子かテメエは、ぁあ?」
 敵意さえ感じられる程の怒声に、フォアンはようやく目を開けた。どうせ幻想だ。自分にとって都合の良いだけの幻だ。そう意識の底で疑いながらも、音源を辿る。
 予想通りの人物が、胡坐を掻いてこちらを見つめていた。
「……今更何しに現れたんだよ、バカ親父」
 つっけんどんに応じる。お前のせいでどれだけお袋が苦しんだと思ってるんだと、思わず罵詈が飛び出した。
「お前、このまま負けちまっても良いのか?」
 英雄はフォアンの言葉などまるで意に介さず、尋ねた。その態度が気に食わなかったフォアンは、世界が徐々に赤みを帯びてきたのを感じた。
「お前が勝てなかったんだから、俺にも勝てないんだろ」
「はぁ? お前まさか、本気で言ってんのかそれ?」
 即座に返され、思わず言葉に詰まった。
「だとしたら相当なバカ野郎だなお前は。やれやれ、どこで育て方を間違えたかな……ったく」
「……お前は育ててないだろ、全然」透かさずツッコミを入れるフォアン。
「ま、そう思ってる限りお前はこのまま負けちまってもしょうがねえよ。諦めろ。お前じゃどうあっても敵わねえから」
 言いたい放題言った後に、英雄は立ち上がった。もうここには用は無いと言わんばかりの態度にフォアンは苛立ちを濃くする。世界が更に赤みを増した。
「お前だって敵わなかったじゃないか。自分の事棚上げにしてよくそんな事言えるな」
「――俺が敵わなかったから、何だ? お前、俺より弱ぇのか?」
 勃然とするフォアン。世界を染める赤色が刻々と濃化していく。苛立ちはやがて英雄に向ける牙となりつつあった。
「――誰もそんな事言ってない」
「俺より弱ぇんじゃ仕方ねえよな。早く寝ちまえよ、何もかも捨てて。弱者にそんな重荷を背負わせるつもりはサラサラねえからよ」
 英雄は足を止める事無く、一切の未練無くフォアンの元より立ち去ろうとしていた。興味も関心も示さず、英雄の影は徐々に薄れつつあった。
 消えてしまう。不意にフォアンはそんな強迫観念に囚われた。英雄が、消えてしまう。
 一歩踏み出そうとして躊躇った。声を掛けようとして戸惑ってしまう。視線だけで追う英雄の背は、いつの間にかあんなに遠い。
 怒りは有る。言い足りない言葉も山ほど有る。面と向かって報告したい事だって有った。
 けれどフォアンは、その全てを捨て去って、ただ一言叫んだ。
「――俺は負けないッ!」
 吐き捨てるように、子供が泣きじゃくるように、ただ一言、強い意志を放つ。
 その発言に英雄は足を止め、振り向かずに右手を小さく挙げた。
「だったらこんなトコに来てんじゃねえよバカ。とっとと帰れ」
 それだけ告げた英雄の影は、既にそこに無かった。
 親父――そう言って手を伸ばした先には、闇に沈んだ天井の梁が在った。
 開いた瞳から止め処無く涙が流れ落ちていた。潤んだ視界に映る梁はぼやけ、全身は熱に浮かされたように熱い。
 伸ばした手が重力に負けてベッドの上に落ちる。軽い音を立てて落下した腕は、自分のモノではないような感覚だった。落下の衝撃が腕の神経からではなく、ベッドの震動から伝わってくる。
 全身の痛覚が蘇る。動いていないにも拘らず総身は軋み、フォアンを内側から締め上げていく。吐き気すら込み上げてくる痛苦に晒されながら、フォアンは身を起こし、全身を見下ろした。
 上半身のみならず、下半身も全域に亘って包帯が巻かれている。その下がどんな状態になっているか、触らずとも分かった。よく生きていたな、と自分を褒めたくなる程だった。
 部屋には誰もいない。宮殿の中なのだろう、あちこちから怪我人の呻き声や絶叫、そして治療していると思しき女声も混じっている。
 視線を部屋の隅へ向ける。自身の装備品一式が鎮座している。無論、ポーチも一緒に置かれていた。
 無言のままベッドから足を踏み出す。動かずとも総身を締め上げる痛苦に悲鳴を上げそうになるのに、体を動かすなど針の筵に飛び込むような行為だった。強固な意志を掲げ、フォアンは懸命に足を動かす。
 装備品一式が置かれた場所まで辿り着く頃には息が上がっていた。三メートルも無い距離を、まるでフルマラソンにも等しい労力を駆使してゴールした。ポーチを漁る手つきも覚束無かったが、それでも目当ての代物を手にしたフォアンの頬に微笑が浮かぶ。
 夜の帳の落ちた部屋の中で、少年はビンの中身を躊躇無く呷った。

【後書】
 ひたすらヒーロー要素と言いますか、主人公要素を詰め込んだ夢物語です。
 何でしょうかね、わたくしアレなんですよ、いなくなったものを夢で追想したり、いなくなったものに夢で励まされたりする系の展開、めちゃんこ好きでしてね…!
「夢を見る」と言う常人が観測するふぁんたじぃ要素をここぞとばかりに活用したがるんです! 夢、大好きですからね!! すやすや!
 そうしてヒーローは再び立ち上がる訳です。一乙したからって、まだまだ狩猟は終わりませんよう! 最後まで諦めなかった者こそが勝者ですからね!
 そんなこったで次回もまだまだ熱いです! お楽しみに~!!

2 件のコメント:

  1. 更新お疲れ様ですvv

    なんとも刺さる回です。
    やっと乗り越えられ…まだちょっと早いなw乗り越え始めたところ。
    これからが正念場、しっかりフォアんくん!!

    フォアんくん…やっぱり大好きで自慢のお父さんだったのかな(´Д⊂ヽ

    今回も楽しませて頂きましたー
    次回も楽しみにしてますよーvv


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    1. 感想有り難う御座います~!

      刺さって頂けましたか…! (*´σー`)エヘヘ!w
      ですねw やっと乗り越え始めたところですな…!
      フォアン君の戦いはここからです…!

      そうなんですよね…! 何だかんだ言いながらも…と言う含みを持たせつつ、敢えて触れないでおきましょう…!w

      今回もお楽しみ頂けたようでとっても嬉しいです~!
      次回もぜひぜひお楽しみに~♪

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