2020年8月29日土曜日

【ファイマト】きっと記憶に残らないとしても【アークナイツ二次小説】

■タイトル
きっと記憶に残らないとしても

■あらすじ
ファイヤーウォッチ視点のただの独白です。

▼この作品はBlog【逆断の牢】、【pixiv】で多重投稿されております。

Twitter【日逆孝介】https://twitter.com/hisakakousuke


【きっと記憶に残らないとしても】は追記からどうぞ。
きっと記憶に残らないとしても


 そのオペレーターを自然と目で追うようになった理由は、自分でも定かではなかった。
 いつも賑やかにはしゃぎ回り、武道だけでなくサッカーや華道までも嗜むそいつは、私にとって癇に障る訳でも、違和感を与える存在でも無かった。
 ただ、偏に楽しそうだな――と、無邪気な子供を見守る保護者のような感覚で、気づいたら目で追うようになっていた……のかも知れない。
 普段はロドスの基地の中でも接点は無く、向こうから話しかけてくるでもなく、況してや私の方から接触を図るでもない、言わば同じ職場に勤務する赤の他人と言う態なのだが、どこにいてもその楽しそうな声が響いてくるため、いつの間にか名前も憶えてしまった。
 マトイマル、と言うらしい。
 極東から罷り越した鬼の一族だそうで、聞きたくて聞いた訳でもない噂話の中には、とにかく野蛮で、人を喰らう、正真正銘の化け物だと、ひたすら悪し様に罵るものが多く、私としては辟易していた。
 普段の彼女の行いを見てみろ、と思う。あんなに楽しそうに声を上げて物事に取り組む輩が、野蛮? 人を喰らう? 正真正銘の化け物?? ……冗談も休み休み言えと言う他無い。
 ……勿論、その流言が全て単なる飛語であると言う証明は出来ない。
 時代もそうだし、環境もそうだ。情報の発信源が定かでない事は固より、どこにでもそういうデマは溢れているし、同様に、秘された事実も往々にして眠っている。
 私自身、元いた部隊を全滅に追い込んだ裏切り者を追いながらも、己が怪しいと思っている人物に対して確たる証左を得られず、剰え戦時に於いては今なお背中を預けている現状にしても、まさにその一つだ。
 何を以て真とするか。何を以て是とするか。……そんなものは、結局死んでしまえば何もかも虚に堕ちるのだ。己が信ずるを信じ、疑わしきは……時に罰し、時に、……容認しなければ、ならないのだろう。
 だから、そう。私はきっと、彼女とは触れ合う事も無く、闇に沈んだままなのだろうなと、思っていた。

「お前、こんなところで何してんだ?」

 そう思っていた矢先に、向こうから声を掛けられて、私は暫し言葉を失った。
 場所は移動都市ロドスの基地屋上。北風が吹き荒び、空は宵の刻を迎えて薄っすらと宝石を塗して煌めいている。
 そこで私は、ふと故郷に想いを馳せてハーモニカを吹こうとしていたところを、このマトイマルと言う無邪気な女に見つかってしまったのだ。
「それ、何だ? 見たところ、武器じゃーなさそうだが」
 マトイマルが指差すのは、私が持つ小さな楽器。そうか、彼女は知らないのか、と思いながら、私は返答を口にせず、静かにハーモニカを口に添えた。
「――――」
 夜闇に小さな灯りが点るように、夜風の中に口風琴の優しい旋律が混ざり込む。
 賑やかな音色ではない。哀愁を感じさせる、心に染み入る情調を奏でていく。
 それをマトイマルは一瞬瞠目して歓声を上げようとしたのだが、何かを察したように口元を押さえ、それから聞き入るように瞼を下ろし、私が演奏を終えるまで、何も言わずにそこに立ち尽くしていた。
 ……無邪気な子供みたいな反応を想像していたが、音楽を愛でる感性を有していた事には、些か驚きを禁じ得なかった。
 てっきり、まるで応援歌のように合いの手を入れたり、興が乗って歌でも紡ぎ始めるのかと思っていたのに、彼女は私の独奏に対してひたすら静聴に徹してくれた。
 やがて消えいくように音が途絶えると、マトイマルもゆっくりと瞼を開き、私に向かってキラキラとした眼差しを投げてきた。
「素晴らしい演奏だったぞ! なるほど、それは楽器だったのだな!」
 まるで子供のように、無邪気に拍手を浴びせてくるマトイマルに、私は静かに笑むと、「……ご清聴、有り難う」と小さく礼を返した。
 マトイマルは散々拍手喝采した後、気持ち良く立ち去るのかと思いきや、私の元まで歩み寄り、何事も無かったかのように、隣に腰掛けた。
 私はまだ何か用事が有るのかと、不思議そうに彼女に視線を送っていたが、彼女は嬉しそうに頬を綻ばせたまま、両足をぶらぶらと揺らして、移動都市の遥か彼方――闇に潰れた世界の果てに視線を飛ばしたままで、私の視線には気づいていない様子だった。
 私も、彼女が会話を求めていないのであればと、視線を外し、闇夜に潰された世界に意識を投じる。
 荒野をひた走る、ロドス・アイランド製薬が操縦する移動都市。走行に因る震動は少なく、実際に聞いた事は無いが、大海を揺蕩う漣のように聞こえるエンジンの駆動音が、静かに私の鼓膜を揺らしている。
「お前とこうして話す事は初めてだが、」マトイマルが不意に口を開いた。「お前は、我輩とは真逆だな。淑やかで、雅やかだ」
「……」
 マトイマルの、恐らくは思った事をそのまま口に載せただけであろう所感に、私は咄嗟に何と返せば良いのか分からなかった。
 何か勘違いをしてはいないだろうか、と思いながらも、どう繕えば良いのかも、どう諭せば良いのかも、パッとは思いつかず、眉根を寄せた、違和を覚えているぞ、と主張する表情を作るのが精一杯だった。
 マトイマルはそんな私の機微に気づいた様子も無く、勝手に納得したように「うんうん」と何度か頷くと、改めて私に顔を見せた。
 その顔には、無邪気な笑みが浮かんでいる。
「我輩、喧しくて構わんだろう? なのに、邪慳にも扱わない。いや、お前がただ、我輩如きに注意するのも億劫だ、と感じているのなら感想も変わってくるが!」ははは、と勝手に笑いだした。「皆、口には出さないが、我輩といると疲れるみたいでな。我輩が活力漲っているばかりに、周りに無理を強いているのかも知れない。知れないが……我輩は、我輩だからな」
 言いたい事を言ったからだろう、再び夜闇に沈む移動都市外周に視線を投じて、気持ち良さそうに足をばたつかせ始めた。
 ……たぶん、ここにいるのが私でなかったとしても、同じ話をしていただろうな、とは思う。
 誰かに愚痴を吐きたかった。己の想いを聞いて欲しかった。弱音を、見せたかった。
 深く係わる者でなければないほど、気遣いもせずにぶちまけられると、そう思っての発言だったのかも知れない。
 普段の彼女の行いを知らない訳ではない。遊びたい盛りで、オペレーター以外にも声を掛けて、サッカーに興じたり、鬼ごっこを始めたり、無限とも思える体力を使い切るぐらいに遊び惚けては、付き合わせた皆を果てさせてしまう。
 身長百五十八センチの私が見上げる、百七十二センチの体力馬鹿の女が、底無しとも思えるバイタリティで駆け回る姿は、中々の迫力だろう。
 皆、思う事が有りながらも、もしかしたら鬼と言う未知の種族に対して恐れを懐いていたり、或いは単純にその尋常ならざる生命力に圧倒されたりして、彼女に直接物を言えないなりに、マトイマル自身が気づいてしまったのかも知れない。
 もしかして己は、彼らに迷惑を掛けているのでは、――と。
「……あなたは、あなたの思うがままに振る舞うと良い」
 人知れず、口唇が動いていた。
 それは私の本音だったのかも知れないが、或いはマトイマルを慮っての偽善だったのかも知れない。
 マトイマルが不思議そうにこちらに視線を向ける前に、私はゆっくりとした所作で立ち上がり、彼女から視線を外した。
「無邪気なあなたが好きな人も、いる筈だから」
 踵を返しながら、うっかり笑みが口唇に這い寄るのを抑え、私はゆっくりと階段を下りて、基地の中に在る自室へと向かって歩き出した。
 普段は何の接点も無い彼女だ、きっと今言った私の言葉もすぐに忘れるだろうし、今夜の出来事も何れ記憶から薄れていく類いの代物だ。
 けれど、彼女の稀とも言える弱音を聞き出す事が出来た私は――ちょっとだけ、彼女の特別を名乗っても良いかも知れない。 
 そう思うと、頬が綻んでしまいそうになり、慌てて頭を振って思考を切り替える。
 何の事は無い、同じロドスの戦闘員が、偶々遭遇して、ほんの少し言葉を交わしただけの事。
 でも――あぁ、そんな事は無いと思いながらも。
 彼女の記憶の片隅に、私の居場所が出来たのなら、それは幸福と言えるのかも知れない。

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