2020年9月3日木曜日

【ファイマト】私だけのHero【アークナイツ二次小説】

■タイトル
私だけのHero

■あらすじ
……嬉しいのは、私の方だ。

▼この作品はBlog【逆断の牢】、【pixiv】で多重投稿されております。

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【私だけのHero】は追記からどうぞ。
私だけのHero


 ――――戦線が崩壊したと気づいた時には、レユニオンの軍勢が間近に迫っていた。
 指揮系統が混線している。そうならないために私が見張っていた筈なのに。部隊が壊滅的な被害を被っている今、恐らくはドクターの指示を受けて全オペレーターは撤退、敗走の態で方々に逃げ惑っている。
 レユニオンは、その性質上、逃げ惑うロドスのオペレーターを容赦無く殺戮して回るだろう。病的に、神経質に、一方的に加虐を加え、最後の一人になるまで殺し尽くす。そういう連中だ、慈悲も人情も一切の期待は出来ない。
 だからこそ私は、一人でも多くの同志が逃げ切れるように。悪鬼の如く迫り来る暴徒を狙撃していく。
 トリガーを引く。暴徒の頭蓋が吹き飛ぶ。トリガーを引く。暴徒の肩がごっそりと抉られる。トリガーを引く。暴徒の内臓が破砕され路上にぶち撒けられる。トリガーを引く――――
「狙撃兵はあそこだ! 殺せッ!!」
 ……当然、これだけ派手に立ち回れば居場所など即座に把握される。見つかれば最後、死ぬまで追い回され、惨たらしく屍を晒すまで弄ばれるのは分かっていた。分かっていたが――部隊を壊滅に追いやられた過去の映像が脳裏をちらつく。
 生存者が絶望的だったあの時。私は生き延びたのか、それとも生かされたのか。どちらにしろ、私の臓腑は憎悪と、それ以上の絶望で、雑巾のように絞り上げられていた。
 こんな事は、二度と遭ってはならない。もし起こってしまうのであれば、その時は――
 ロドスのオペレーターの撤退はまだ完璧ではない。もう少し時間を稼ぐ必要が有る。非戦闘員である観測手や連絡員、今回の作戦で負傷した怪我人だっていた筈だ。戦域から脱するにはまだ時間が掛かる筈。
 クロスボウを抱えて、河岸を変える。足音を殺し、素早く、気配を消して。
 狙撃手には、安定さ、集中力、冷静さ、そして極めて合理的な決断力が必要とされる。まだ私にはそれらが欠落していない自負が有った。戦時の高揚感を隠して、ただひたすら味方の戦線離脱に必要な時間を計測し、導き出した解に必要な時間を稼ぐ術を構築する。
 レユニオンの一団は私の存在を知り、追撃の部隊を分けた。全軍が味方の追走に向かう事は避けられたが、これではまだ不十分だ。私が脅威である事を示し、追撃には些かの問題が生じる事を認めさせねば。
 廃墟になっている街中を、気配を殺して走り抜ける。向こうは獣狩りの要領で私を捜索しているのかも知れないが、獣狩りの本質は殺し合いだ。獣もまた、虎視眈々と狩人を噛み千切る好機を見定めているのだから。
 一息で壁を駆け上がり、崩れた屋根と穴だらけになっている壁面の間からクロスボウと視線を乗り出し――秒単位で変遷する戦域を見定め、逃げ遅れたオペレーターに牙を剥こうとする下郎に対し、炸裂する矢を射出。レティクルで確認するまでも無く、レユニオンの追撃兵は頭部を木っ端微塵にして散らばった。
「くそっ、どこから撃たれたんだ!?」
 レユニオン共が慌てふためく姿は確認できるものの、彼らの恐怖心は一時的なものだ。圧倒的優位に立っていると認識している彼らは、即座に追撃を再開するだろう。ゲリラ兵として、幾度もその優越感を叩き潰さねば、彼らは己の死に対して理解も認知もしない。
 無機質に、トリガーを引き続ける。居場所が割れたと判断してはポイントを切り替え、予め下調べしていた別の狙撃地点に移動すると、再び狙撃を敢行する。
 レユニオンの追撃は収まらない。こんな好機は無い、今こそロドスを惨殺する最大のチャンスだと言わんばかりに、次から次へと増援が送り込まれてくる。
「いたぞ! あそこだ!! 砲兵! 撃ち込め!!」「術師も行け行け!」
 苦境は徐々に死地へと変貌を遂げていく。自らの首を絞めていると理解していても、まず救わねばならないのはオペレーター、そしてドクターの命だ。彼らが生きている限り、戦線は幾らでも復旧できる。
 そろそろ場所を変えねばと思って、腰を落としたまま足を踏み込み――眼前で爆発が巻き起こり、私の肉体は瓦礫の山へ突っ込み、全身を強打。視界がチカチカと火花を撒き散らし、一瞬思考が遠くへ行きかけた。
「やったか!?」「分からん! 術師、確認へ急げ!!」
 爆発の影響で鼓膜も壊れたかと思ったが、意識が数秒遅れて行動しているのか、耳鳴りの中に紛れて、暴徒の声が確かに突き刺さった。
 立ち上がらなければ。ここから移動して、退路を確保……いや、もう間に合わないか。これだけ包囲を固められては、私一人では、もう助かるまい。
 観念するように、胸ポケットからシガレットを一本引き摺り出した。最後の晩餐がこれとは……と、皮肉った笑みが口唇に浮かび上がり、その歪んだ口の端に引っ掛けるように、煙草を銜える。
 ……そう言えば、彼女は無事だろうか。ふと、あの無邪気な顔で笑う女の姿が脳裏に浮かんだ。……私が心配する必要は無いか。戦場では敵知らずの破天荒な働きをする彼女の事だ、今回の敗走の折にも、大いにドクターを沸かせたに違いない。
 何故末期の際に彼女の顔が浮かんだのか分からないままだったが、最後に浮かんだ顔が華やいだ彼女の笑みなら、私の結末も、悪くないと言えるか……
 そう思って、寂しく笑って、この戦場を諦めようと瞑目した私の前に、何かが凄まじい勢いで降り立った。
 まるで重機が落下してきたような重低音と、それに伴う、瓦礫を伝って全身に襲い掛かる震動に、驚いて目が覚めたとばかりに瞠目すると、眼前に、――彼女の背中が、すらりとした長身痩躯の、白髪を靡かせた鬼女の姿が、映り込んだ。
「待たせたな! 敵さんよう!」
 彼女――マトイマルはそう高らかに宣言すると、その大振りな薙刀を振り回し、ニカッと笑いかけて、私に振り返った。
「無事だな、ファイヤーウォッチ! 後は我輩に任せろ!」
 そう言って彼女は、私の返答も聞かずに、目の色を変えると、レユニオンの暴徒達を、その手に握る巨大な薙刀一本で、烈風のように――或いは暴力の嵐と形容すべきか――無造作に屍を量産していくその姿は、伝え聞く阿修羅の如くだった。
 レユニオンは、無抵抗のまま屍を晒している訳ではない。一矢報いんとアーツを駆使し、砲撃を撃ち放ち、大剣で切り刻まんと白刃を振るっていてなお、マトイマルの暴虐の限りが圧倒的に尽きたのだ。
 併し――マトイマルとて、無事では済まないのは火を見るより明らかだった。全身にアーツを叩き込まれ、砲弾を寸でのところで躱しながらも血飛沫を巻き上げ、白刃は確実に彼女の筋肉を抉っている。
 全身を返り血と己の出血で血染めにしていくマトイマルに、けれど私は有ろう事か、――見惚れていた。
 ドクターの指揮でオペレーターは撤退に徹している筈だ。私がその殿として、可能な限り時間を稼いでいた事も、彼女は承知の筈だ。その末に、私の命が喪われる可能性も、理解していない訳が無いのに。
 なのに――彼女はたった一人の狙撃オペレーターの命を掬い上げに、己の負傷など省みず、命を捨てる事すら厭わず、駆けつけてくれたのだ。
 ……戦場でそんな甘い事をやってみろ、呆気無く死ぬぞ。
 そう、口に出すつもりだったけれど、そんな事がどうでも良くなるぐらいに、マトイマルはひたすら格好良かった。
 笑いながら、暴徒の内臓をぶち撒けながら薙刀を振り回すその光景は、確かに化け物呼ばわりされてもおかしくないぐらいには、強烈なインパクトが秘められていた。
 それを美しいと感じる己の感性が狂っているのか。……いいや、恐らくはマトイマルの本質を知らない者が怪物と捉えただけで、本当は――――

◇◆◇◆◇

「よーっし、帰るぞ帰るぞ! ドクターが我輩達の帰りを待ってるからな!」
 結局、追撃に駆り出されたレユニオンの暴徒を軒並み殺戮したマトイマルは、声だけが元気溌剌で、今は私に肩を借りながら、よたよたと歩いていた。
 まるで子供だ。暴れるだけ暴れたら、疲れ果てて眠ってしまう稚児も同然。
 ……けれど、その無邪気な善意に、私は助けられた訳だ。
「どうしたファイヤーウォッチ? 我輩に何か付いているか?」
 彼女の顔を凝視していた私に気づいたマトイマルが、不思議そうに小首を傾げた。
 私は静かに口唇に笑みを落とすと、小さく首を否と振って改めて前を向いた。
「……礼を言いたかっただけだ。感謝する」
「あん? 我輩は当たり前の事をしただけだぞ?」怪訝に眉根を顰めるマトイマルだったが、すぐに表情を華やがせて笑い始めた。「だが、感謝されるのは嬉しいぞ! ありがとな!」
 ……嬉しいのは、私の方だ。
 とは、流石に舌には載せなかったが。
 その時の私はきっと、いつに無く嬉しそうに笑っていたに違いない。

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