2022年2月11日金曜日

【写影】第1話 不可視の影【オリジナル小説】

■あらすじ
先輩の影だけが映らないカメラを持つ私と、影の映らない先輩の、映らない影を探す不思議な物語。

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■第2話→まだ


【第1話 不可視の影】は追記からどうぞ。

第1話 不可視の影


 初めて先輩を見た時の感想は、一言――「気づいたら消えちゃいそう」だった。

 夏休みも終盤に差し掛かり、オカルト部の部室はいつも通り冷房も無い野晒しの暑気で蒸し風呂の様相を呈していた。
 オカルト部。オカルトを取り扱っていると公言しながらも、その実態はゴシップ記事を漁っては議論と言う名の雑談に興じるだけの、直帰しないだけの帰宅部みたいな部活動である。
 部員は部活動の規定がギリギリ通る四人だけ。部長と、副部長と、先輩と、私の四人。部長も副部長も私と同じ一年生で、先輩だけが唯一の二年生だ。
 今年から新設された部活動で、部長と副部長が部員集めに励んでいたところを私が捕まり、暇を持て余していると言う先輩が捕まり、めでたく部活動が認められるようになった訳だ。
 と言うのも、今年から全生徒は部活動に所属していなければならない、とか言う謎のルールが学校全体に敷かれ、有象無象の部活動が群雄割拠するようになった結果、このオカルト部のような実態がスッカスカの部活動も存在を許される、と言う事に。
 私としては帰宅部が有ればそこで良かったのだけれど、帰宅部だけは部活動として認められないとか何とかで、仕方なく活動の緩い楽な部活動は無いかなと探していた折、部長と副部長に捕まった、と言うのが事の顛末だ。
 こうして私は入学から夏休みに掛けて、放課後は呑気に自前のカメラを弄りながら奔放に過ごせる事に成功したのである。何とめでたい事か。
 ともあれ全く部活動に参加しないと言うのも、部活動と言う体面を維持するためには許されない訳で。今日も実りの無い話をBGMに欠伸を浮かべている私である。
 開け放たれた窓の外には疎らに雲が浮かぶ晴天がギラギラと陽光を突き刺してくる。室内にいるのにじりじりと日焼けしそうなのがとても嫌だ。
 夏の空の輝きを全身に浴びている先輩は、今日も暇そうに瞑想している。ともすれば死んでいるのではないかと思うぐらいに静かで、動きが無くて、まるでそういう絵画なのではないかと思わせる。
 律義に部室に通っては、ただ眠って過ごしているだけの先輩。よほどの暇人なのは確かなのに、その筋肉質な肉体を誇れるような部活動に入れば良かったのに、などとついつい余計なお世話を考えてしまう。
 そう、先輩の体つきは運動部のそれなのだ。陸上部とか、バスケ部とか、野球部とか。所属していても全然違和感が無いし、寧ろエースを張っていても……
 露骨にじろじろと先輩の肉体美を見ても、先輩は静物のように身動ぎ一つ取らずに眠っている。こんな幽霊部には勿体無い逸材だけれど、先輩はこの部活動には欠かせない存在でもある。
 彼自身が、まさに生けるオカルトなのだから。
「影塚《かげづか》さん! 聞いてるの!?」
「ふぇ?」
 突然名前を呼ばれて間の抜けた声を返してしまった。
 何事かと振り返ると部長が眼鏡を戻しながら、「もう、ちゃんと聞いてください! 先輩に関するお話なんですよ!?」とぷりぷり怒り始めた。
「先輩の……?」
 何だろうと姿勢を正して部長に向き直ると、彼女は「良いですか? 我が部の千里眼とも言われている副部長の十福《とふく》君が見つけてきてくれたのです! 先輩の影が見つかる場所を!」
 部長が副部長を両手でわちゃわちゃと主張して、副部長は「いやぁ~。へへへ」と満更でもない様子で大きな鼻の下を擦り始めた。
 先輩の影が見つかる場所。この台詞だけ聞いたら、「またオカルト部が変な事してる」としか思われないだろう。実際私も大概おかしい事を言っているとは思う。
 でもその台詞を私は真面目に聞かざるを得ない事情が有った。そして、部長と副部長が大真面目にその話をしているのも、また同じ理由だ。
 三人して先輩に向き直る。彼は相変わらず私達にはまるで関心が無いかのように瞑想の世界に旅立ったまま微塵も意識を向けてくれない。その直下。彼の足元に視線が向く。そこには当然影が有るし、消えている訳でも薄くなっている訳でもない。
 先輩を見て違和感を覚える人間なんて誰もいない筈だ。この私のカメラの事を知らなければ。
 私は改めて自前のカメラ――古びたアンティークと先輩に称されたそのレンズを、先輩に向ける。カシャリ、とシャッターを切ると、ベロベロと音を立ててフィルムが押し出され、真っ黒の写真が出てくる。
 部長と副部長が見守る中、写真に光を当て続ける事で徐々に現像され、見えてきた写真の中には――影が一切映り込んでいない、先輩の姿が有った。
「やっぱり無いですね、先輩の影」私がポツリと呟く。「不思議ですよね、先輩以外の人の写真には、ちゃんと影が映るのに」
「そう! これこそがまさにオカルティック! 影の無い男……こんなそそられる事案がまさか目の前にいるなんて! あぁ~! 素晴らしいぃ~! オカルトに目覚めて早二年、生ける本物と出会えるなんて……!」部長がまた壊れてる。
「大袈裟ですよ、このカメラがおかしくなっただけかも知れないですし」思わず乾いた笑いが出てしまう。
「何を言ってるんです!? そのカメラもまさにオカルティック! 恐らくは人の精魂を写真と言う形で映し出す、現代では作り出せないアー・ティ・ファ・ク・ト……! 影塚さんもいて初めてこのオカルト部は成立するんですから! そんな台無しになる事は言わないでっ!」
「はぁ……」
 こんな理由から、私と先輩は興味も関心も無いオカルト部に在籍している、と言う訳である。
 私も疑問ではあった。何故先輩だけ影が映らないのか。たまたまそういう事も有るだろうと思った事は有ったけれど、先輩と出会った入学式のその日から今日まで、一日たりともこのカメラで撮影した先輩の写真には影が映り込む事は無かった。
 無論、私や部長、副部長の写真を撮れば当然のように影は映るし、他のカメラで撮影したら先輩の影はしっかりと映り込んでいる。
 私の愛用のカメラで撮影した先輩の影だけが映らないのだ。摩訶不思議である。
 それを迂闊にもうっかり見られてしまった私のミスで、部長と副部長に無理矢理引き込まれて、無事直帰できない帰宅部であるオカルト部への入部、と言う名の部活動新設に立ち会う事になったのであった。
「それで、その影が見つかると言う場所と言うのは……?」
 改めて影が映らないを確認した私は、部長に向き直る。影が見つかる、と言うのも素面の状態で聞いても意味が分からないところではあるが。正直そんな場所が簡単に見つかるとも思えない。
 部長は「ああ、それですけど、そもそも何で影が映らないのかと考えた時に、私はどぉ~しても精魂……エクトプラズマ? 的な? 何かが失われている……いいえ、失われつつあるのではないかと勘繰ったのです」
 この部長、オカルト部を立ち上げた当初からだいぶ疑問視しているけれど、たぶんふんわりした知識でオカルトを取り扱ってる気がする。ファッションオカルト? とでも言うんだろうか。
 ただ、よく分からないなりにも先輩の事を気に掛けていたり、調べてくれたりしている事に関しては素敵だな、とは思うが……そもそもオカルトなのかも分からない事なので、無理矢理こじつけてあれこれ考えるのもどうなんだとも思わなくも……いやいや、本人はアレで大真面目のようだから悪くは言わない方が良いよね、うんうん。
「魂が消えかけているのであれば、消えつつある魂を取り戻さなければならない……僕はそう考えました」
 ふふん、と大きな鼻の下を擦って得意気に胸を張る副部長に、私は特に何も思う事も無く小さく頷き返した。
「そこで、こんな話を思い出したんです。或る地方の集落では、お盆の時期に死者と一緒に盆踊りをする風習があると……! そこでなら死者と交流……つまり! 消えかけている魂も見つかるのではないかと!」
「どうですかこの副部長の千里眼! エクセレント! 次期部長の座も欲しいままですよ……!」
「なる、ほど……?」
 死者と一緒に盆踊りをする風習なんて聞いた事が無いけれど、仮に影の消失が魂の消失であるなら、魂の塊である死者……いや幽霊……? と話しが出来れば解決……するのか……?
 何だか随所で理解の複雑骨折が起きているように感じるけれど、部長と副部長はもうこれ以上ない名案だと言わんばかりで小躍りしている。
 オカルトの事に詳しくない私がどうこう言っても始まらないし、ここは二人に追従しておこう。と言うか、先輩の意志を無視して話が進んでいるけれど、彼はどう思っているんだろうと視線を転ずると、――ちょっと驚いた。
 先輩が珍しく目を開けて、いやもうそんな生易しい表現じゃなくて、瞠目して部長を見つめている姿が飛び込んできた。
「ん? ――おおう!? せ、先輩……?」
 部長も気づいたのか、普段と全然異なる雰囲気を醸し出す先輩の鬼気迫る様子に、マイペースを貫く部長が頓狂な声を上げて引っ繰り返りそうになっていた。
 先輩は両目をこれでもかと言うぐらいに開けて部長を見つめて、何かを訴えようと数瞬口がモゴモゴ動いた後、落ち着かせるためか大きく鼻息を落とし、普段の醒めた表情に戻った。
「……場所の名前、何て言う?」
 ――先輩がこんな風に私達に関心を向けるのは、かなり……いや、極めて珍しい事で、私自身、こんな先輩を観るのは初めて出会った入学式の時からこれで二度目……いや三度目だろうか。
 部長と副部長、そして私は顔を見合わせて、互いに神妙な表情を見せ合うと、副部長が「お、おほん。トウコジ……東の狐の寺と書いて、東狐寺《とうこじ》って言うそうです」恐る恐ると言った態で返した。
 それを聞いた先輩は何かを観念したかのように唸り、静かに目を開いた。
「……まさか、お前らからその名を聞くなんて、な」
「知ってるんですか……?」
 私が不思議そうに尋ねると、先輩はどこか寂しそうな表情を覗かせて、「……あぁ。何れ行こうと思っていた場所だ」と、静かに呟いた。
 先輩がまさかそんなオカルトの話題に上がる地名に行きたがっていたとは思わず、私は素直に驚いた。けれど何故だろう、先輩は行きたがっていると口にした割には、ずっと寂しそうで、苦しそうな感情を浮かべていた。
 まるでそこに行けば、本当に消えてしまうんじゃないだろうかって、私はおかしな心配をしてしまうのだった。
 ――そうして、オカルト部の初めての校外活動として、お盆の三日間、東狐寺に向かう事になる。
 先輩の影だけが映らないカメラを持つ私――影塚鏡花《かげづかきょうか》と、影の映らない先輩――日清水天馬《ひしみずてんま》の、映らない影を探す不思議な物語は、そうして幕を開ける。

2 件のコメント:

  1. 更新お疲れさまですvv

    途中まで読んで「もしやこれってあの…」
    そして更に読みすすめると「死者と盆踊りとか間違いないな…」
    そしてそして!天馬くんキタ━(゚∀゚)━!となるわけですw
    いやもうなんというか、先生かゆいところに手が届きすぎですぜ!

    ただただこれからの展開がとっても気になります。
    若干の不安をいだきつつこの辺にしておかないと余計なこと書いちゃいそうなので、次回楽しみにしてますってことでw

    今回も楽しませて頂きましたー
    次回も楽しみにしてますよーvv

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    1. 感想コメント有り難う御座いまする~!!

      そうですそうです!w 大変お待たせ致しました、あの作品群の正統続編になりまする!┗(^ω^)┛
      かゆいところに手が届きすぎ!www これからも良い感じにポリポリして参りまするぞ…!!!(´▽`*)

      前作の後なので不安感が並々ならぬと勝手に思っておりまするが、今回は前々作の系譜を踏んでいる…筈っ!w
      三部作の完結編となる予定ですので、じっくりコトコト煮込んで楽しんで参ろうと思いまする…!

      今回もお楽しみ頂きまして有り難う御座いまする~!!
      次回もぜひぜひお楽しみに~!!

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