2022年2月9日水曜日

【ワシのヒカセン冒険記】第32話【FF14二次小説】

■あらすじ
三つ影の旅立ち。


【第32話】は追記からどうぞ。

第32話

 
「ヤヅルさん。……いえ、マスター。ちと大事なお話が」

 日課となっている簡単な依頼を熟し、寄合所に帰ろうとしたその道すがら。マコ殿に呼び止められたワシは、その真剣な表情を見て取り、「……カーラインカフェにでも参ろうか」と先導していく。
 昼下がりの午後。カーラインカフェにはグリダニアの住民がお昼休みに軽食を摘まみに来た客や、これから冒険に出掛ける算段をしている冒険者の姿が散見された。
「それで、どんな話かの」
 カーラインカフェの一角に陣取ると、マコ殿は真剣な表情のまま、細く長く気息を吐き出すと、意を決した様子でワシを正視した。
「フリーカンパニーを、抜けようと思いまして」
「……と言うと、ワシらに何か不手際が有った……とか、そういう話じゃろうか?」
「いえ! そうじゃないんです。そうじゃないんですが……」テーブルの上で拳を固めると、改めてワシに視線を転じるマコ殿。「どうしても、フリーカンパニーのマスターに未練が有りまして。ヤヅルさんのフリーカンパニーでの立ち回りを見て、勉強になった事が多かったのも大きいです。こういう手法で経営するのも、確かにアリだな、と……」
 マコ殿は訥々と言葉を落としていく。その言葉も、慎重に選んでくれている事が言外に伝わってくる。自分の想いを正確に告げたい、それと同時に、ワシを傷つけないように……否、感謝と慰労の念を混ぜ込んでいるように、ワシには感じられた。
「……もう一度、フリーカンパニーを立ち上げようと思いまして。本当に何も無いところから、また積み上げていきたいな、と……」マコ殿はワシを見つめたまま、視線を逸らそうとはしなかった。「快く迎え入れてくれたのに、こんな形で抜けてしまうのは心苦しいんですが……」
 消沈している……とはまた違うように見えた。己の道を歩まんがために、己の道を見つけたは良いが、それはワシらとはまた異なる道であったがために、裏切ってしまったような、そんな忸怩たる想いに囚われているように見えた。
 ……それは、懐く必要の無い感情だと、ワシは諭さねばならなかった。
「マコ殿が新たにフリーカンパニーを立ち上げるともなれば、ワシは……否、ワシらはそれを応援するのみよ。新たに道を切り拓き、励もうとする者を引き留めようなど、それこそ道理に悖ろう」マコ殿を正視したまま、ワシはゆっくりと首肯を返した。「もし力になれる事が有れば幾らでも手を貸すゆえ、遠慮はなさるな」
「……ッ、有り難う御座います……!」歯を食い縛り、大きく頭を下げるマコ殿。「こちらこそ、ヤヅルさんが困った時には駆けつけますので、いつでも声を掛けてくだせぇ……!」「あぁ、その時は是非に」
 互いに頷き合うと、マコ殿は恭しく右手を差し出した。
「これで今生の別れって訳じゃないですし、また、って言って立ち去りたいと思います」マコ殿は微笑んでいる。「同じエオルゼアに生きる身として、いつでも手を取り合えると信じて」
「有り難い。このフリーカンパニーも常に門戸を開いておるゆえ、マコ殿もその気になったらいつでも戻ってきて構わぬからな。……無論、そうならんように新天地でも邁進してくれる事を祈っておるが」
「ハハッ、いつかヤヅルさんの耳にも届くような名声を轟かせてみせますぜ」
「楽しみじゃわい」
 互いに固く握手を交わし、マコ殿はフリーカンパニーのリンクシェルをワシに手渡してきた。
「皆には挨拶はしていかぬのか?」
「あんまり湿っぽいのは苦手で……突然やって来て、いつの間にか去っている……そんな風来坊、良くないですか?」
 それでは、と。本当に何事も無かったかのように去っていくものだから。何と無く明日も寄合所で顔を合わすのではとか、また一緒に依頼を受けているような想いを懐かせて――――その日、フリーカンパニー【オールドフロンティア】から、一人の勇士が旅立って行った。
 寂しくなるのぅ、と思ったのも束の間で、その日の別れはそれで済む事は無かった。
「あの……ヤヅルさん」
「む?」
 マコ殿がグリダニアの街路に溶けて行ったのを見送り、そろそろ寄合所に戻ろうかと腰を上げた瞬間、相席するように青い豚の着ぐるみが腰掛けてきた。
 その奇特な外見から即座に誰か分かる。ユキミ殿が、その豚の被り物からは窺い知れないにも拘らず、雰囲気だけで神妙な面持ちをしている事が分かった。
「済みません、急なお話なんですが、フリーカンパニーを抜けようと思いまして……」
「お、おう……」
 まさかマコ殿に続いてユキミ殿も同じ話をしてくるとは思わず、ワシの声はどこか上擦っていた。
「もしや、マコ殿が抜けられるのと何か関係あるのかの……?」
「え? マコさんも抜けられるんですか……?」
 驚いた様子で声を震わせるユキミ殿に、マコ殿の件は全くの青天の霹靂だったのだと知る。
「ええ……そうなんだ……でも確かに、うん。マコさん、フリーカンパニーの経営の仕方をヤヅルさんから学ぼうって言ってましたし、いつかそうなるのかな、とは思ってましたが……まさか私と同じ日なんて……」
 思わず苦笑が漏れているユキミ殿に、ワシも何だかおかしくて釣られて苦笑が漏れてしまう。
「こんな偶然が有るとはのぅ。……して、ユキミ殿は如何なる理由でフリーカンパニーを抜けようと……? ワシらに不手際が有ったのなら、遠慮なく申し出て欲しいのだが……」
「あ、いえ、ヤヅルさんやメンバーの皆さんに不満が有ったとか、そんなのじゃ全然無くて!」ワタワタと両手を振って否定するユキミ殿。「これから、遠いところに行く事になりそうで、少しでも身軽にしておこうと思いまして……」
「遠いところ……」ふむ、と顎を摘まむようにして頷く。「冒険者として、ワシらでは未踏の地に遠征に向かう……と言う事かの?」
「……そうですね、何が起こるか分からないですし、暫く皆さんとは連絡も出来なくなるかもと思って……」消沈した様子で俯くユキミ殿。「済みません、もし何事も無かったら、フリーカンパニーには戻ってくるかも知れないのですが、その時までどうなるか分からなくて、今は少しでも身軽になっておきたくて、その……」
 申し訳なさからくる心細さなのだろうか、ユキミ殿の体は小刻みに震えていた。これから何が起こるか分からないと言うのは、今のワシの力量では助けられない次元の話ゆえに、助力すら乞えない程の問題に当たろうと言う事なのだろう。
 無論、その事自体に歯噛みこそすれ、ユキミ殿だって真剣に考えた末の結論なのだ。恐らくはワシらとはまた異なる集まりと力を貸し合い、その依頼……冒険に全力を費やしたい、そのために少しでも身軽に……関係を断ち切ってでも己を高めたいと、そう断腸の想いで通告したのだと、ワシは認識した。
 それだけの難攻不落の依頼に挑むと言うのに、手を貸せない不甲斐無さはまさに痛惜の念に堪えないが、それを口にしないユキミ殿の優しさを無碍にしないためにも、ワシは神妙に首肯を返した。
「――相分かった。ワシとしても、ユキミ殿が大変な事柄に挑もうと言う気概は、伝わっておるつもりじゃ。フリーカンパニーを抜けると言う意向も受け入れるが、ユキミ殿の言う通り、もし何事も無く事が済めば、いつでも帰って来ると良い。ワシらのフリーカンパニーは、そのために在ると言っても過言ではあるまい」
 きっとこれから、とても大変な出来事が彼女には待っているのだろう。それを乗り越えてくれると信じて、いつかまた同じ寄合所で言葉を酌み交わせると信じて、今は――笑顔で見送る。ワシはそう決断した。
 ユキミ殿もワシの意を汲んでくれたのか、言葉にならない様子で数度頷くと、「有り難う御座います……その時は、また宜しくお願いしますね……!」ワシと握手を交わし、豚の被り物の目元を拭った。
 フリーカンパニーのリンクシェルを手渡され、ワシは驚きつつも確認するように彼女を見上げる。
「もしや、もう出立するのか?」
「本当に急な話で済みません……すぐにでも出発できるように準備をしてたんですが、ヤヅルさんにお話しするのが、遅れちゃいまして……中々時間が取れなくて済みません……」ペコペコと頭を下げるユキミ殿。「本当は皆さんとも挨拶がしたかったのですけれど、時間が……!」
「おお、そうか……では、ワシから皆に伝えておこう。ユキミ殿も、どうか達者でのぅ……!」
「はい……! 今まで本当にお世話になりました!」
 大きく頭を下げると、ユキミ殿は何度も振り返りながら駆け出して行った。
 静かになったカーラインカフェで、ワシはちょっとした無気力状態に陥りながらも、せめて何か腹に物を入れてから帰るか……と注文を頼もうとして顔を上げると、そこには神妙な面持ちのクロス殿が立っていた。
「ま……まさか……?」
「……済みません、立ち聞きするつもりは無かったんですが……」ばつが悪そうに呟くと、クロス殿もまた、真剣な表情で言葉を続けた。「はい……そのまさかです。私もその、フリーカンパニーを抜けようと、お話しに来たところで……」
「お……おお……」
 段々と声に張りが無くなっていっている事に気づいてはいたが、流石に取り繕えなかった。
 クロス殿は瞑目したまま悔しそうな表情を見せていたが、やがて意を決したように目を開く。
「……たぶん、ユキミさんと同じ理由です」言葉を選ぶように、クロス殿は紡ぎ出す。「遠いところに行く、と言うのはまさにその通りですけれど、説明がちょっと難しくて……何と言いますか、別の世界、と言うのが一番近いイメージと言いますか……」
「別の、世界とな……?」
「はい。このエオルゼアとは地続きではない世界に行く事になりまして……そうなればフリーカンパニーとも繋がりが切れますし、ヤヅルさんとこうして話す事も……」歯を食い縛るように、クロス殿は続けた。「……急な話で済みません。私もまさかこんなタイミングが重なるとは思ってなくて、ビックリしてます……」
 エオルゼアとは異なる世界。地続きではない世界。ともなれば、書物で読んだ異世界や、異次元とやらが近い感覚なのだろうか。それは確かに、遠い……否、遠いと形容する事すら烏滸がましい隔絶した場所に他ならないだろう。
 クロス殿の言から理解に達した事で、ユキミ殿ももしやそれではと理解の糸が繋がっていく。であれば、確かに……フリーカンパニーに在籍したまま忽然と姿を消すより、挨拶をして立ち去った方が、幾分も良いのかも知れない……
 勿論、寂しさは変わらない。変わらないけれど、彼らが新たに志した道を応援したい気持ちもまた、変わらない。
 彼らが新天地でも変わらずに健勝である事を祈るばかりだ。
「ワシも驚きを隠せぬのはそうじゃが……引き留めるのは野暮と言うもの。クロス殿らの活躍を、この地に留まって祈る事しか出来ぬ事を許して欲しい……!」
 ワシの実力不足に涙が溢れそうになるが、それとて彼らとは歩み始めた時の長さがそもそも違うのだ、無理は言えぬだろう。
 いつか……いつか彼らに追い着いたその時。彼らが変わらぬ姿でそこで待っていてくれる事を信じて……或いは、彼らが何事も無くまたワシらの元に帰って来てくれる事を信じて。
 ワシは今回もまた、笑顔で見送る事を選ぶのだった。
 あぁ、悔しいとも。でもそれはきっと、明日へ走るための活力となろう。
 前を向き続ける限り、彼らはきっとそこにいてくれる筈だから。
「有り難う御座います……もしまた一緒に冒険できる日が来たら、ぜひ!」
 クロス殿も、そっとフリーカンパニーのリンクシェルを手渡してくる。それはつまり、そういう事だ。二度も経験すれば、流石に暗黙の了解も知れる。
「あぁ、達者でのぅ。何か遭ったら、いつでも帰って来るが良い」
「はい! それではっ!」
 丁寧にお辞儀をして、クロス殿も走り去って行く。
 春の訪れはまだ早く、今も粉雪交じりの風が舞っているカーラインカフェの外を眺めて、寂寥感で胸が一杯になっていた。
 そう言えば、と思い出す。もう間も無く、フリーカンパニー【オールドフロンティア】を立ち上げてから一年が経とうとしている事に。
 約一年も一緒にいた仲間達が、旅立って行く。新たな目標のため、新たな決意を固めて、新たな冒険へ。
 喜ばしい事で、応援したい事で、感謝の言葉しか出てこない、こない、けれど……
「…………やっぱり、寂しいもんは、寂しいのぅ……」
 きっと吹雪いた粉雪が目元に落ちたのだろう。
 つぅ、と。一筋の水滴が、頬を伝っていくのだった。

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