2021年9月6日月曜日

【ワシのヒカセン冒険記】第22話【FF14二次小説】

■あらすじ
有り難う、見つけてくれて


【第22話】は追記からどうぞ。

第22話


「ヤヅルさんのそれ、魔道書の一種ですね」

 寄合所に帰還し、庭の一角で焚き火に炙られた鍋を囲んでナッツブレーカーの肉を皆で分け合って食べ始めた折、ユキミ殿がそう呟いた。
 ――やはり。と言うのが真っ先に浮かんだ感想だった。中身を検めたユキミ殿に返された古書――魔道書を受け取ると、初めて手にした時には感じなかった違和……魔力とでも言うべきか、不思議な力が手から伝わってくる。
 ただ、書物を紐解いても中に何が綴られているのか、それに関しては今以てサッパリだったが。
「ユキミさんは確か召喚士にも通じていたんでしたね。であれば召喚士の魔道書……なのでしょうか?」
 クロス殿が茹でたナッツブレーカーの肉を飲み下してからユキミ殿に視線を向ける。右手には水滴が滴っているジョッキが握られ、中には並々と注がれたエールが呑まれるのを今か今かと待ち侘びている。
「うーん……私の見立てでは違うと思います」豚の着ぐるみの下からラビットパイを滑り込ませ、奥からポリポリと咀嚼音を立てるユキミ殿。「魔道書を扱うジョブと言えばもう一つ有るんです。それが――学者。役割で言えば回復、支援がメインのジョブですね」
「学者、か……」
 魔道書を矯めつ眇めつするも、魔力が込められている事だけが分かるだけで、中身が読めない以上、ワシにはどう扱えば良いのかも不明瞭だ。
 お手上げだ、と魔道書を閉じ、改めて鍋で煮込まれているナッツブレーカーの肉を茹でた物を拾い上げる。
「召喚士と同じ仕組みであれば、その魔道書に力を込める事で色々な術式が作動する筈ですよ」新たにラビットパイを手に取りながら呟くユキミ殿。「試しにやってみます? 今なら皆さんもいますし、仮に大変なものを呼んでしまっても対処できると思いますよ!」
「大変なもの……爺ちゃん、奴隷を召喚したらちゃんと首輪しとくのよ?」「奴隷を召喚ってお主……」ツトミちゃんの優しげな眼差しが逆に怖いワシである。
「私は戦闘に関してはあまり力になれないでしょうから、いざって時にすぐ双蛇党に連絡を入れられるように待機してますね」グッと肯定の意を示すエレット殿。「皆さんの実力なら、まずそんな事は無いとは思いますが」
「勿論、いざって時は両手剣の錆にしてみせますよ」「私も! 刀の錆にしちゃいます!」
 クロス殿とサクノ殿が自信満々に笑顔を覗かせるのを見て、ワシも腹が決まった。
「そこまで言うならやってみるかの」茹で肉を嚥下し、魔道書を手に持ち立ち上がる。「力を込める……んじゃったか?」
「体内の魔力を魔道書に注ぐイメージなのですけれど……ううーん、ヤヅルさんが扱っているジョブって格闘士だけなんですよね? どう説明したら良いのか……」
 ユキミ殿がうんうん唸ってしまったのを見て、ワシもひとまず出来る事をやってみようと、魔道書を睨むように見据える。
 ――魔力。己の出自から想像するに縁遠い代物だとばかり思っていたが、いざ力を込める――想像として、己の体内を循環する力場を古書に注ぐ感覚を認識、そう行えと念を送る事によって、じわりと己の体内が蠕動する違和に襲われた。
 気力が抜かれるような。尻子玉が抜かれる感覚とは斯様なものなのだろうか。全身を覆っている膜が緩やかに剥がれ、魔道書に奪われていくかのような感覚に満たされ――魔道書が鈍く輝き始めた。
 詠唱なんてとんでもない。魔道書を掴む手が熱を持ち、全身の意識を持っていかれるような感覚を、意識的に引き留めるように歯を食い縛り――指の先から何かが迸るのを感じて、振り払うように魔道書を振るうと、満ちた輝きが破裂し――見た事も無い存在が視界に飛び込んできた。
 淡く発光する小人……翼を有しているところから察するに、グリダニア近辺に出没している蛮族……山岳の民・イクサル族かと思ったが、角の生えた鳥のような顔でもないし、ひょろりと長い手足でも無い。よりヒューラン族に近い存在に見えるが……発光している小人がまさかヒューラン族でもあるまい。
 大きさはワシの顔より少し大きいぐらいで、手で掴めてしまいそうな程に華奢で、矮躯だ。光り輝く翼をはためかせて、ワシの視線の先で不思議そうに舞っている。
「これは……?」ワシが瞬きをしながらユキミ殿に確認の声を掛けた。
「妖精……フェアリーと言う事は、やはり学者の魔道書だったみたいです」青い着ぐるみの被り物がコックリと頷かれる。「召喚に成功したと言う事は、ヤヅルさんは学者の才も有ったみたいですね……! 凄い……!」
「わぁ~、可愛いねぇ」飛び回る妖精を目で追いながら嬉しそうに笑うツトミちゃん。「こんな可愛い奴隷、見た事無いよぅ」
「奴隷じゃない奴隷じゃない」慌てて手を振って否定する。「……ん? 魔道書が……」
 妖精に気を取られていたが、魔道書に改めて視線を落とした時に気づく。何が記されているのか皆目見当のつかなかった幾何学模様の意味が、今なら理解できている事に。
 どのページが、何を意味する記述で、そのページを開いた時に発動する魔法なのかが、理解できる。全てのページまで理解できてはいなかったが、或る程度の記述は得心と共に解読が可能だった。
 確かにこれは癒しの術だ。無論、癒しに留まらず、対象を攻撃する魔法も内蔵されてはいるものの、その殆どが他者を癒し、治し、守るものに特化している。
『有り難う、見つけてくれて』
 ――不意に。聞き馴染みの無い、けれど一度聞いた事の有る声が耳朶を――いや、脳を揺さ振った。
 この場に居合わせる者の声ではない。けれどここにはもう一人、今まで居合わせなかったモノが、いる。
 妖精に視線を向けると、光り輝く顔に笑みが浮かんでいるのが分かった。
『あなたを探していた。あなたに会いたかった』
「ワシを探していた……?」
 疑問符を抱えながら声を漏らすと、「え? ヤヅルさん……?」と不思議そうな声がサクノ殿から上がった。
 ワシも不思議そうに周囲に意識を向けると、――理解した。誰も、この妖精の声が届いていないのだと。
「……どうやら、この妖精の声はワシにしか聞こえておらぬようじゃな」
「えっ!? ヤヅルさん、妖精と話が出来るんですか!?」
 クロス殿の頓狂な反応に、ワシは曖昧に首肯を返した。
「ワシの言葉が通じておるかはさておき、この妖精とやらの声は……聞こえておるの」
『聞こえているよ。ねぇ、私を観て』
 ふわりと舞った妖精は、ワシの目の前でくるりと旋回し、ワシの鼻先をその光り輝く指でなぞった。
『会いたかった。謝りたかった』
「謝る……? 何をじゃ」
『あなたを助けられなかった。あなたに生きて欲しかった』
 ――――刹那、脳髄に電流が走り抜けたかのような衝撃に襲われた。
 妖精の顔立ちは、見覚えの無い、人形のような可愛さとあどけなさを残したものに間違いなかったが、――知っている。ワシはこの妖精を……いいや、妖精の魂の、その元を、ワシは知っている……!
 蘇るのは昔日の彼。ワシを最後まで案じ、最後まで付き添ってくれた、あの――――
『今度は、助けるから。最後まで、一緒に戦うから』
 妖精は舞う。嬉しげに、誇らしげに、――気高く、優しく、強く。
 ワシは歯を食い縛って、胸に去来する感情を噛み締めた。
 ああ、そうか。お前さんも、……そうか。
 エオルゼアに来る前の世界。転生する前の世界で、ワシが落命した後、どうなったのか定かではない。
 何も変わっていないかも知れない。栄華を極めたのかも知れない。衰退の一途を辿ったのかも知れない。……滅んでしまったのかも、知れない。
 ワシを取り巻いていた同胞が、その果てに何を観て、何を得て、何を失って、どこに辿り着いたのか。杳として知れないし、ワシには知る術も、そして知る権利も、無いのだろう。
 それがこんな形で再会……いや、新たな出会いを得られるとは思ってなかった。
 きっとこの妖精も、ワシのようにどこかで命を全うし、エオルゼアに妖精と言う形を以て訪れたのだろう。ワシは、そう信じたいと思った。
「……あの、ヤヅルさん? その妖精は、何と……?」
 エレット殿が不安そうに声を掛けてくれて我に返ったワシは、溢れそうになる涙を拭うと、不敵な笑みを浮かべて妖精を柔らかく撫でた。
「……どうやら、ワシと共に戦ってくれるようじゃ。元の持ち主には悪いが……有り難く拝領させて貰うとしよう」
 ああ、もしこの魔道書の持ち主が返せと主張してきても、ワシは素直に返せる自信が無い。盗人猛々しいとはまさにこの事だろう。
 だから願ってしまう。どうかこの魔道書は誰の物でも無く、ワシの元へ飛び込んできた異物であって欲しい――と。

 ――そうして。
 その日からワシは格闘士と並行して、学者の勉強も始めていくのだが、それはまた、別の機会に。

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